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観光⽴国の死⾓を救う…宿泊施設の客室から24時間受診可、インバウンド医療DX

2025.06.09 2025.06.10 16:46 ユニコーンアイ
観光⽴国の死⾓を救う…宿泊施設の客室から24時間受診可、インバウンド医療DXの画像1
HOTEL de DOCTOR 24

●この記事のポイント
・インバウンドが急増するなか、旅行中に体調を崩した外国人の対応にホテル関係者が苦慮するケースが少なくない。旅行者も、慣れない異国で病院に行くことを躊躇している間に深刻な病気になることもある。
・そんな事態において大きな解決策となり得るサービスが注目を浴びている。ホテルなどの宿泊施設にいながら、オンラインで診療を受けられるというもの。その開発企業と導入企業の背景を深掘りする。

目次

「発熱した旅⾏者が、夜中のホテルで困り果てる」。そんな事態に対応するため、現在、⻄武プリンスホテルズ&リゾーツをはじめとする全国23都道府県119の宿泊施設で、訪⽇外国⼈向けの24時間オンライン診療サービス「HOTEL de DOCTOR 24」の導⼊が進んでいる。

 最⼤の特徴は、スマートフォン1台で医師につながり、22⾔語に対応した医療通訳を介して診療が受けられるという点だ。夜間や早朝、近隣の医療機関が閉まっている時間帯でも、旅⾏者は部屋から⼀歩も出ずに適切な医療を受けられる。現場のホテルスタッフからは、「夜間対応の懸念が軽減された」という声も上がっている。

「コロナ前は、⾼度な治療や検診を⽬的とした医療ツーリズムが注⽬されていました。しかし、いま本当に求められているのは、旅⾏中に体調を崩しても安⼼できるという⽇常的な医療アクセスです。旅の安⼼をどう⽀えるかは、観光⽴国にとって避けて通れないテーマだと感じました」(エムスリーキャリア 事業開発部 グループリーダー 岩井眞琴氏)

 実は、訪⽇外国⼈の約4%が滞在中に体調不良を訴えている。そしてその6割が⾵邪症状や熱の症状だ。しかし、彼らの多くは⾔語の壁に不安から、病院を訪れることなく我慢してしまう(令和5年度「訪日外国人旅行者の医療に関する実態調査」結果より)。

 その結果、病状が悪化したり、ホテル側で対応に追われたりすることも後を絶たない。

「特に深刻だと感じているのは、体調不良の訴えがあっても正確に聞き取れないという現場の不安です。⾵邪程度かと思っていたら実は重症だった、というケースもあり、対応判断に時間がかかってしまう。その点、HOTEL de DOCTOR 24は、医療通訳を介して即座に医師につなげることで、スタッフの判断負担を⼤幅に減らすことができています」(岩井⽒)

 ⻄武プリンスホテルズ&リゾーツでは、全国54施設に同サービスを導⼊。背景には、医療選択肢を増やすことで、訪⽇外国⼈客にとって安⼼して宿泊できるホテルチェーンとして、さらなる環境を整備するという狙いがある。

「体調不良という特殊かつ緊急性の⾼い状況において、⼀⼈ひとりに寄り添ったサービスを提供できることは、ホスピタリティの向上につながると同時に、従業員のモチベーション向上にも寄与しています」(⻄武・プリンスホテルズワールドワイド広報部 藤⽥有咲⽒)

 また、宿泊施設側にとって導⼊はオペレーション不要・費⽤負担ゼロ。この低ハードルも広がりを後押ししている。

 現在開催されている⼤阪・関⻄万博では、約350万⼈の訪⽇外国⼈が来場すると⾒込まれており、HOTEL de DOCTOR 24はその先端インフラの⼀翼を担うと期待されている。

 実際、エムスリーキャリアでは⼤阪万博をインバウンド需要拡⼤の転機と捉え、サービス⽴ち上げのタイミングを意図的に早めたという。

「⼤阪万博をきっかけにインバウンド需要が⼀気に⾼まると⾒て、早期の⽴ち上げを決めました。今後も、あらゆる場⾯での導⼊を広げていきたいと考えています」(岩井⽒)

 彼らが⾒据えているのは、ホテルにとどまらない旅の安⼼インフラとしての展開だ。観光施設や空港・駅といった動線上にも対応拠点を広げ、「どこにいても相談できる」という安⼼感を、旅の標準装備にしようとしている。

 そこで、HOTEL de DOCTOR 24について全国54施設への導⼊、拡⼤を予定している⻄武プリンスホテルズ&リゾーツ、同サービスを展開しているエムスリーキャリア、それぞれに話を聞いた。

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エムスリーキャリア 事業開発部 グループリーダー 岩井眞琴氏、⻄武・プリンスホテルズワールドワイドセールス&マーケティング部⼤森佳代⼦⽒ 、同広報部藤⽥有咲⽒

⻄武プリンスホテルズ&リゾーツ、サービス導入の背景

̶̶訪日外国人の医療ニーズに着⽬したきっかけは?

「コロナ禍明け以降、外国⼈旅⾏者の急増とともに、以前から訪⽇外国⼈に⼈気のあった地域だけでなく、地⽅の隠れた魅⼒にも注⽬が集まるようになり、インバウンド対応が求められるようになりました。⽐較的⻑く旅⾏する傾向にある海外ゲストにとって⽇本滞在中の不安要素となるのは「⾔葉の壁」と「急な体調不良」と捉え、本サービスの導⼊によって不安要素を取り除き、訪⽇外国⼈が安⼼して泊まれるホテルをめざしたいと考え、導⼊を決定しました」(藤⽥⽒)

̶̶「HOTEL de DOCTOR 24」導⼊の決め⼿は何でしたか?

「最⼤の決め⼿は、24時間対応と22⾔語での医療通訳という、インバウンド対応における壁を⼀気に乗り越えられる点でした。この2つを満たすサービスは他になく、訪⽇客の安⼼感を⽀えるサービスとしてのポテンシャルを感じました。

 さらに現場からの声も⼤きく、各施設のスタッフから「うちでも導⼊したい」と⾃発的な声が多数上がったことにも後押しされました。特に評価されたのは、ホテルのオペレーションに⼤きな負荷をかけずに運⽤できる点と、導⼊費⽤や固定費がほぼゼロであることです。HOTEL de DOCTOR 24のサービスと当社のニーズが合致し、全国54施設への導⼊がスムーズに進みました」(同)

̶̶どのような課題意識が背景にあったのでしょうか?

「発熱や腹痛、頭痛といった体調不良の申し出は、訪⽇外国⼈のお客様との接点の中で⽇常的 に起こるものです。お客さまにとって『⾔葉が通じない』『病院の場所がわからない』という不安が重なることを考えると、対応には留意が必要です。

 特に夜間や早朝は、すぐに案内できる医療機関が限られており、ホスピタリティの観点から何かできないかという想いがある⼀⽅で、⼗分に意思疎通ができないことで、お客さまをさらに不安な気持ちにさせてしまったり、対応の遅れにつながったりすることに懸念がありました。

 HOTEL de DOCTOR 24には、そうした現場のジレンマを解消するツールとしての役割も期待していました。スタッフが⾃信を持って案内できるようになることで、ホテル全体としてのホスピタリティレベルも確実に⾼まると感じています」(同)

̶̶実際に導⼊してみての初期反応はいかがですか?

「導⼊直後から、⼀般のお客さまのみならず、ツアーガイドや旅⾏代理店の⽅々からも反響をいただいています。⾔語や時間帯の問題に悩まされていた宿泊業界にとって、現場で勧めやすい医療⽀援が整ったことは⼤きな安⼼材料になっているようです。

 現場のホテルスタッフからも『お客さまに提案できるサービスの幅が広がった』『どんどん活⽤していきたい』といった期待を寄せる声が届いており、業務負担の⼼理的軽減という⾯でも⼿応えを感じています。

 利⽤件数としてはまだ限定的ですが、今後、旅⾏の繁忙期や国際的なイベント時などにはより活⽤が進むことが想定されます」(同)

̶̶コストやオペレーション⾯での負担はどうでしたか?

「このサービスで注⽬したのは、ホテル側に導⼊ハードルがほとんどないところでした。導⼊時も、パネルの設置やスタッフによるQRコードの案内だけで済むため、⾮常にスムーズだと感じました」(同)

̶̶今後の展望を教えてください。

「当社では現在、『⽇本をオリジンとしたグローバルホテルチェーン』という⻑期ビジョンを掲げており、2035年までに世界250施設体制を⽬指す戦略を進めています。単に施設数を増やすのではなく、グローバル基準での標準化と、⽇本をオリジンとした当社ならではの差別化の両⽴を重視し、安⼼・安全かつ魅⼒的な『体験価値』の創造により滞在の質を⾼めていくことが重要だと考えています。『プリンスならどこに⾏っても安⼼して泊まれる』というブランド価値こそが、グローバル展開の要。その象徴として、このサービスの活⽤をさらに広げていく⽅針です」(同)

エムスリーキャリア、開発のきっかけ

̶̶HOTEL de DOCTOR 24開発のきっかけは何だったのでしょうか?

「厚⽣労働省や観光庁の調査で、訪⽇外国⼈の約 4%が旅⾏中に体調不良を経験しているというデータがありました。この数字を⾒て、私たちは『必要な医療サービスへのアクセスが⼗分に確保されていないのではないか』と強く感じました。

 実際、医療機関やホテルへのヒアリングを重ねる中で、『⾔語の壁』や『深夜・休⽇の対応困難』といった現場の悩みが数多く寄せられました。観光業界がインバウンド需要の回復・拡⼤を⽬指す中で、旅先での安⼼をどう⽀えるかという課題は、⾮常に⼤きな意味を持っています。

 こうした空⽩を埋めるために、医療側と宿泊側、双⽅にとって負担の少ない形でサービスを提供できないか──。その発想から⽣まれたのがHOTEL de DOCTOR 24です」(岩井氏)

̶̶サービスの強み・差別化ポイントは?

「HOTEL de DOCTOR 24には、⼤きく3つの強みがあります。24時間対応、22⾔語での医療通訳、導⼊施設の負担ゼロ設計です。特にホテル側が費⽤負担なく導⼊できる点を評価いただいています。

 また、医療を受ける際の不安を最⼩限に抑えるため、ホテル・医師・通訳がシームレスにつながる運⽤設計にも⼒を⼊れました。緊急時には問診内容がホテルにも共有され、必要に応じて翻訳もされるなど、現場の混乱を防ぐ仕組みが整っています。

 さらに、⽇本ではオンライン診療がまだ⼀般的ではない⼀⽅、海外では旅先でもオンラインで医師に相談する⽂化が定着しており、その期待に応えられる体制づくりが重要でした。実際、医師の公募を⾏った際には、『留学経験を生かしたい』『育児との両⽴ができそう』と⼿を挙げてくださる先⽣が多く、医療従事者側のニーズを感じています」(同)

̶̶実際にあった印象的な事例はありますか?

「体調を崩された外国⼈旅⾏者がフライトの変更を余儀なくされ、航空会社から診断書の提出を求められたことがありました。私たちはオンライン診療で対応し、英語の診断書を即⽇発⾏。旅⾏者は無事に⼿続きを完了することができました。

 別のケースでは、2時間後に搭乗予定の旅⾏者に対し、オンライン診療を⾏った医師が、成⽥空港の薬局で購⼊できる市販薬を具体的に指⽰。⽇本語で薬の名前を書いたスクリーンショットを患者に送り、それを薬局で⾒せる形で無事⼊⼿できました。

 いずれも、『旅先で今すぐ必要な⽀援』に対し、制度や⾔語の壁を越えて対応できた象徴的な事例だと思っています」(同)

̶̶事業としての成⻑性・収益性はどう⾒ていますか?

「現状では、1⽇あたりの診療件数はまだ限られていますが、⽉間1000件規模の利⽤を⽬指して拡⼤中です。そのためのフロー整備も着実に進めています。

 また、ユーザーが申し込んでから診療を開始できるまでの待ち時間を短縮する開発にも注⼒しており、今後は利便性のさらなる向上が収益にも直結していくとみています」(同)

̶̶このサービスを通じて、社会にどんな貢献をしたいですか?

「旅の不安を取り除く仕組みこそが、真の観光⽴国を⽀える基盤だと信じています。今後は、観光協会や空港、主要駅などとの連携も視野に⼊れ、より多くの旅⾏者が安⼼して⽇本を訪れられる環境づくりに取り組んでいきたいと考えています。

 特にホテルに限らず、駅の中や観光拠点など旅の動線上で、気軽に診察が受けられる仕組みを整えていくことが次の⽬標です。⽇本全体の安⼼インフラとして、このサービスを根づかせていきたいと思っています」(同)

 海外で体調を崩す――それは、どれほど⼼細く、不安な経験だろう。だからこそ、スマホの向こうから聞こえる「⼤丈夫ですよ」の声は、きっと世界中の旅⼈にとって、最もありがたい⽇本語になるに違いない。

(構成=昼間たかし/ルポライター、著作家)観光⽴国の死⾓を救う…宿泊施設の客室から24時間受診可、インバウンド医療DXの画像3 観光⽴国の死⾓を救う…宿泊施設の客室から24時間受診可、インバウンド医療DXの画像4