提携が発表された後、鴻海は、出資金の払い込みを完了しないうちからシャープ本社とSDPに、それぞれ、10人以上の社員を送り込み、常駐させた。いくら救世主とはいえ、合計20人以上の進駐軍を受け入れたシャープは、お人好しの度がすぎる。
鴻海がシャープに出資する最大の狙いが、最大顧客である米アップルとの関係強化にあることは明らかだ。シャープの先には、アップルが開発中とされる、大画面にiOS(アップルが開発した基本ソフト)を搭載したアップル・テレビ「iTV」がある。昨年10月亡くなったアップルの創業者、スティーブ・ジョブズ氏は、次世代テレビの構想を”遺産”として残したといわれている。発売されれば、世界的ヒットは間違いなしだ。
iPhoneやiPadと同様に鴻海が「iTV」の生産の大半を受託する公算が高い。だが、鴻海傘下のパネルメーカー、奇美(チーメイ)電子にアップルが要求する水準をクリアできる技術はない。そこでシャープが持つ超高精細の液晶パネル技術「IGZO(イグゾー)」を取り込んでしまおう、というのが資本提携した郭氏のもくろみだ。
郭氏は、個人名義で液晶パネル工場の運営会社に出資した理由について「投資家の中に液晶パネルへの投資を懸念する声があったため、私の名義で堺工場に出資した。堺工場の第10世代液晶パネルの生産ラインは、韓国のサムスン電子よりも優れている」と説明した。郭氏は、シャープとの資本・業務提携をテコに、韓国・サムスン電子に宣戦布告したのである。
鴻海にとってサムスンは、もともと顧客の1社だった。だが2010年末に関係を決定的に壊す事件が起きた。鴻海が買収した液晶パネルメーカー、奇美電子が価格カルテルでEUから業界最大の課徴金を課せられた。それなのに、カルテル情報を調査当局に流したサムスンは課徴金を全額免除されたのだ。このときの恨みに、最大顧客のアップルとサムスンの対立(特許紛争)という要素が重なり、郭氏は反サムスンの姿勢を鮮明にした。
韓国のメディアは、打倒サムスンを宣言した郭氏に対する敵意をむき出しにする。朝鮮日報日本語版(6月20日付)は、こう報じた。<韓国人を卑下するような発言もあった。郭会長は「わたしは日本人を尊重している。日本人は決して後ろから刺したりしない。しかし、『高麗棒子』(カオリーバンズ=韓国人に対する蔑称)は違う」と語ったという>