同社は「医薬品も製造しているトイレタリーメーカー」(業界関係者)。トイレタリー製品の売上比率は同社売上全体の83%(2012年3月期)を占めている。ライバルのエステーやP&Gと比べ、社名の知名度は著しく低いが、商品の知名度はライバルをはるかにしのぐ。小林製薬は「かゆいところに手が届くようなアイデア商品を開発し、その商品の特徴を一言で言い表すような名前を付けて発売し、人気商品を量産してきた」(業界関係者)結果だ。
安打狙いの戦略
経営的にも安定している。昨年の東日本大震災で仙台工場が被災、操業一時停止の被害を受けたにもかかわらず、12年3月期は14期連続の純益増を記録している。
同社が人気商品を量産している秘訣は、意外に単純なものだ。
同社は「消費者も気づいていない『あったらいいな』の潜在的欲求を満足させる製品を発掘して開発し、わかりやすいネーミングで消費者の認知度を高め、ニッチ需要を開拓するのが当社の戦略」と説明している。
野球に例えれば、一発逆転のホームランを狙わず、安打狙いに徹した戦略といえる。コツコツとした安打の積み重ねが、好業績にもつながっているわけだ。
また「あったらいいな」の製品発掘も、多くのメーカーがやっているような外部調査会社の市場データに頼らず、社員の知恵を結集しているのが特徴だ。同社では「ニーズ志向かシーズ志向か」の不毛な論議は起こらない。
社員からの商品アイデアは年間3万6000件
社員から常時新製品のアイデア(思いつき)を募集しており、社員から上がってきたものをカテゴリー別に配置した製品開発担当者、ブランドマネージャー、研究者、技術開発者の「四者会議」で、それぞれの専門の視点から論議しながら「使えそうなアイデアをピックアップ」してゆく。社員から上がってくるアイデアは、毎年3万6000件前後に達する。このうち、4割程度がピックアップ対象になっているというから、ダメもとのアイデアといえどもレベルは結構高い。
次に、カテゴリー別にピックアップした新製品のアイデアを、社長が出席して毎月開催する「アイデア会議」でふるいにかけ、開発対象を絞り込む。開発対象を決定すると、今度はその市場性を徹底的に調査する。同社はここで初めて市場調査会社を活用する。それもよくある丸投げではなく、社内で「小林式ノーム」と呼んでいる独自の調査基準で調査を委託し、結果を独自の基準で分析している。
同社はこうした製品開発ローテーションを、毎月淡々と繰り返しているだけなのだ。とはいえ、やはり秘訣はある。それはダメもとのアイデアを出し続ける社員への配慮だ。
ダメもとで提案したアイデアでも、会社からなんの反応もなければ、提案は義務になり、やがて苦痛になる。このため、同社は「採用しなかった提案には、必ず四者会議の選考結果を伝えている。「『何がダメで、何が足りなかったのか?』をきちんと説明しなければ、制度が形骸化し、社員が腐る」(同社社員)からだ。
新製品の売上高比率が高い
同社の商品戦略で、もう1つ注目したいのが「スクラップ&ビルド」だ。
新製品の発売初年度の売上高比率は5%台、4年以内のそれが15%台と、新製品の売上高比率が実に高い。それだけ新製品の安打率が高いことを示している。
創業家出身の小林豊社長も、「経営の重視指標の1つが売上高に占める新製品比率。企業にとって、過去のヒット商品だけで成長できる甘い時代ではない。既存製品を前年並みか数%の減少レベルにとどめ、成長分を新製品でカバーしなければ、成長し続けるための収益を確保できない」と話している。そこで同社は、自社同様に新製品の売上高比率が高い米スリーエムなどの業績を参考に、新製品の発売初年度の売上高比率目標を10%、4年以内のそれを35%に設定している。
同社は製品スクラップ&ビルドを第74期経営方針でも「継続は悪、変化は善」と示している。「継続が正しいとは限らない。あえて継続していることは悪であると割り切って、これを見直す活動を善としたい」と、前例や既存のヒット商品に頼る守勢を戒めている。小林社長は「好業績を続けているとはいえ、新製品の売上高は毎年目標を下回っているので、非常な危機感を抱いている」と言う。
わかりやすさを訴求するCM
冒頭で紹介した特異な商品名。これは同社独特のマーケティング観から生み出されている。これについて小林社長は、メディアの取材で「小林製薬のマーケティングの定義は何か?」との問いに「とにかくわかりやすさだ。消費者の志向がどうだのこうだのとごちゃごちゃ難しいことは考えず、消費者にわかりやすくすることを心がけている」と答えている。
その適例が、同社のテレビCMだ。通常15秒の時間枠で放映されるテレビCMでは、時間が短いため商品名を印象付ける、あるいは企業好感度を高めるためのイメージ広告が主流になっている。だが、同社はイメージ広告を一切しない。同社のCMはすべて「問題提起・解決型」だ。
最初の3秒ぐらいで、消費者に「こんな問題を抱えていませんか?」と尋ね、後の12秒で「弊社の製品をこのように使ったら、このように問題を解決できる」と畳みかけるやり方だ。小林社長は「このほうがいたずらに商品名を連呼するより、消費者の方々の印象に残りやすいし、この印象が残っていると、買い物に行った時に『そうだ』と思い出し、購買につながりやすい」と言う。
長い不況で商品が売れないのは事実だが、売れない原因は工夫をしない売り手側にもある。同社の「あったらいいな戦略」は、それへの解答ともいえる。
(文=福井 晋/フリーライター)