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2012年12月期は赤字13億円

ゼネコン一人負けの竹中工務店がトップ交代 脱同族で株式上場も視野に?

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(「竹中工務店 HP」より)

 竹中工務店が3月1日に発表した2012年12月期の連結決算は、13億円の赤字(11年同期は111億円の赤字)だった。営業損益は1937年の株式会社設立以降、初めてだ。

 売上高は前期比2%増の9983億円。海外事業の伸びで増収は確保したが、労務費の上昇が業績を圧迫している。売り上げも1兆50億円の見通しを下回った。

 スーパーゼネコン5社のうち竹中を除く4社は12年度(13年3月期決算)で営業黒字の見通しだ。竹中も、13年12月期の売上高は前期比3%減の9700億円、営業損益は95億円の黒字転換を見込んでいる。

 こうした中で、スーパーゼネコン5社のうち唯一非上場の竹中工務店では、33年ぶりに社長が交代する。

 3月28日の株主総会後に竹中家17代目の竹中統一社長・CEO(最高経営責任者、70)が代表権のある会長・CEOとなり、宮下正裕副社長(66)が社長・COO(最高執行責任者)に昇格する。渡邊暉生副社長(68)は代表権のある副会長に就く。竹中氏を中心としたトロイカ体制だ。

 竹中工務店は1610年に創業以来、403年目にして創業家以外から初めてサラリーマン社長が誕生する。竹中社長は「いま、建設業は大きな転換期を迎えている。創業家にこだわらず、スピード感を持って難局を乗り切れるリーダーを選んだ」と語った。昨年末に社長交代の意思を固めたという。

 宮下氏は71年東大工学部都市工学科を卒業、同年竹中工務店に入社。以来、開発計画本部で主要都市の駅前再開発を手がけてきた。取締役、常務を経て12年3月から副社長。会長は事務系で海外進出に熱意を燃やす。副会長は東大工学部卒で現場一筋。社長は開発で「バランスのとれた布陣になったと思う」と竹中氏は自負する。

 ゼネコン業界では「業績不振が同族経営を断念させたのではないか」と推測する。大手ゼネコン各社は東日本大震災の被災地の瓦礫処理プロジェクトなどの大型受注で一息ついていたが、竹中工務店だけが中間期決算で、すでに赤字に沈んでいることがわかった。

 12年1~6月中間期の連結決算の営業損益は110億円の赤字(11年同期は93億円の黒字)、純損益は66億円の赤字(同44億円の黒字)。中間期の赤字は02年以来、10年ぶりだ。

 02年中間期の赤字の原因は、同じ関西系のスーパーゼネコンの大林組との“竹林戦争”の後遺症が出た。90年代後半から00年代前半にかけて東京の品川や汐留などの再開発ビルの受注競争は、入札価格の叩き合いのあまりの激しさから“竹林戦争”と呼ばれた。赤字覚悟で受注を取りにいった結果、赤字に転落した。

 これに対して12年中間期の赤字は、型枠大工や鉄筋工といった下請けの熟練工の労務費が急上昇したためだった。子会社の竹中土木の不振が足を引っ張った。

 12年中間決算の赤字転落を受けて、同年の通期見通しを下方修正した。売上高は震災復興関連の案件が増えたため、1兆50億円とした。11年同期(9766億円)比3%の増収だ。しかし、営業利益は当初の見込みの145億円から35億円に大幅に悪化する。11年同期(111億円の黒字)比で7割近い大幅減益となる。

 上場しているスーパーゼネコン4社の12年4~12月期連結決算は民間工事を順調にこなした結果、そろって増収増益(純利益の段階)を確保した。それでも13年3月期の通期業績予想は据え置いている。職人の不足による労務費の急上昇と資材などの原材料価格の高騰が、収益を圧迫するからだ。

 鹿島の売上高は前年同期比1.2%減の1兆4400億円、営業利益は同1.7%増の300億円。大林組は12.4%増収の1兆4000億円、営業利益は9.2%増の340億円。清水建設は5.5%増収の1兆4100億円、営業利益は17.5%減の145億円。大成建設の売り上げは4.3%増の1兆3800億円、営業利益は12.4%増の410億円だ。4社の中では清水建設の利益の伸び悩みが目立つ。

 竹中工務店は上場4社に売上高で大きく水をあけられ、営業利益は10分の1程度になる。長年、ライバルとしてきた大林組が東京の新名所、東京スカイツリーの建設で勢いを増し、業績に大差がついてしまった。「竹中工務店はスーパーゼネコンから脱落するのでは」と公然と噂されており、経営の立て直しが急務となっている。

 33年ぶりのトップ交代で露呈したのは、竹中家の人材不足ぶりだ。竹中工務店は江戸時代前期の1610年に織田信長の家臣だった初代、竹中藤兵衛正高が尾張国名古屋で、寺社仏閣の造営に携わったのが始まり。明治になりヨーロッパの建築技術を導入。1899(明治32)年、14代竹中藤右衛門氏が神戸に進出して創立元年としている。1937(昭和12)年、藤右衛門氏が社長になり株式会社、竹中工務店を設立した。

 45年、14代藤右衛門氏の息子の錬一氏(竹中家15代目)が社長に就任した。兄の練一氏が大阪本社の社長、弟の宏平氏が副社長として東京に常駐、竹中土木の社長を兼務した。兄弟コンビが、在阪のゼネコンにすぎなかった竹中工務店を鹿島、清水建設、大成建設、大林組と肩を並べるスーパーゼネコンに成長させた。

 77年3月、錬一氏が会長に、弟の宏平氏(16代目)が社長となったが、宏平氏は8月に急逝。錬一氏が社長に復帰したものの、社長在任30年を超えていた錬一氏は世代交代を決断した。

 こうした経緯で、80年に長男で常務の統一氏(17代目)を社長に据えた。この時、統一氏は37歳だった。

 統一氏の在任期間も33年になる。統一氏の後継者と目されている長男の勇一郎氏(37)は昨年3月に執行役員に昇格したばかり。今年3月の株主総会で取締役に昇格するのは確実だが、父親が37歳で社長になったのに比べると昇進のペースはかなり遅い。

 創業家以外の宮下氏が社長に就任して、脱同族の経営へと一歩踏み出した。竹中工務店と並んで非上場企業の雄と呼ばれてきたサントリーが、中核子会社のサントリー食品インターナショナルの東証への上場を決めた。連想ゲームで竹中工務店の株式公開の話が出ているが、その可能性は低いだろう。

 デベロッパー事業への進出が社内で検討されたが、統一氏がこの案を退けた。開発事業をやらない限り、上場して多額の資金を調達する必要はない。11年12月期時点の借入金は668億円にとどまる。建築工事の運転資金なら、これで十分であろう。

 資本金は500億円。株主はファミリー企業の設備会社・TAKプロパティ(持ち株比率42.91%)、ビルメンテナンス会社・アサヒプロパティズ(同22.91%)、竹中工務店持株会(同10.34%)が上位3者で、持ち株の合計は76.16%(11年12月期時点)。株式の公開を考えなくてもやっていける経営環境にある。

 もう一度言うが、創業家の人材不足は深刻だ。本来なら16代社長の宏平氏の長男で竹中土木社長の竹中康一氏(62)が前面に出ていいのに、存在感は乏しい。それどころか、竹中土木が竹中工務店の業績の足を引っ張っていると批判されるありさまだ。

 竹中家のプリンスで18代目の勇一郎氏が社長になるのは、宮下氏の社長としての任期が70歳までなら4年後となる。多くのゼネコンの歴史がそうであったように、勇一郎氏の代になれば「創業家は君臨すれども統治せず」の体制に移行する可能性が極めて高い。
(文=編集部)