しかし、そんなアベノミクスの恩恵をまったく受けていない業界がある。出版業界だ。
コンテンツの豊富な大手出版社はまだしも、中小・零細出版社は軒並み青息吐息の状況だ。
「特に成人向け雑誌を販売の中心としていた出版社は、児童ポルノ禁止法の改正や購読者の減少に歯止めがかからず。それらに対応しようとコンビニ用の新規コンテンツ制作に手を出しましたが、市場はすでに飽和状態。次々と倒れていく同業者を見ながらなんとか生き残ろうと必死です」(出版業界関係者)
そんな地べたを這いつくばる出版社を横目に、わずか数人の社員で月刊誌を発行し、年間1000万円以上の安定した収益を出している会社がある。
「出版社はみんな苦労しているようですね。それに引きかえウチは少人数の社員できっちり利益を上げてます。経済誌を月刊で出版してるんですよ」
こう語るのは、都内で出版社を経営している北西富男社長(仮名/54歳)だ。
●狙いは中小企業社長
かつては成人向けのグラビア誌やコミックスも扱っていたというこの出版社であるが、北西氏はどうやってこの不況下に儲けているのか?
「まずはホームページで取材させてくれそうな会社を調べます。特に経営者が前面に出ている企業はいいですね。社史以外に経営者自身の年表なんかも記載されているとなおいい。こういう社長はたいがい出たがりですから」
単なる会社紹介の記事で儲けているのか?
「いや、有名人が社長にインタビューという形式にするんですよ。露出の減った芸能人でもそれなりに有名な人をあてがえば、食いついてきますしね。ピーターパンで有名なA・Yさんとか、ドラマの主演女優としてブレイクした後にバッシングを受けたY・Mさん、スポーツ選手だったらカミソリシュートで有名だった元プロ野球投手のN・Hさん、往年のボクシング世界チャンピオンのF・Hさんなんかも、年齢が上の経営者には受けがいいんです。タレントにインタビューをさせるという付加価値をつけて納得していただき、先方から掲載費用を頂いてます」
だが、これは取材先から掲載費用として法外な謝礼をとる、“悪質取材商法”といわれるものではないのか? しかもこの経済誌の実物を見ると、お世辞にも良質とはいいがたく、タレントはまるで添え物、取材相手との質疑応答など、言葉は変えているがほとんど同じ質問を繰り返しているものをそのまま掲載。誤字脱字も目立つ。
さらによく見ると、書店に並んでいる雑誌には必ず記載されているはずの出版コードもないし、取次店、印刷会社の名前も無記名で、雑誌とは言い難い粗悪な紙質と薄いページ数。まだ駅に置いてある求人ペーパーのほうがボリュームがあると思えてしまう代物だ。
北西氏が自信満々に語る。
「ウチの雑誌は直販の形をとっているので、取材先の会社にもある程度の部数をまとめて購入してもらってます。だいたい300〜1000部くらいですね。定価ですか? 1冊3000円です。大手に比べて部数が少ないので、これでもかなりお安くしています。企業様に頂く掲載費用は、タレントのランクと掲載ページ数に応じて最低でも50万円、最高ランクだと400万円近くになります。金額が高い分、こちらも充実した誌面づくりを心がけ、相当のページ数を割いてご紹介するわけです。高額なタレントさんとしては、メガネっ子アイドルのT・Aさんなんかこのランクに入りますね」
●ネットにも注力?
これで納得する企業があるのが驚きだが、誌面には多数の企業が紹介されている。
さらに北西氏は語る。
「レストランなどの外食企業などだと、グルメレポートに定評のあるタレントを揃えます。『ぶらり』で有名な俳優A・Kさんや、『食いしん坊』でおなじみの熱血俳優Y・Sさんなんかをご紹介しています。オプションで20万円ほどで店舗用にサインと写真もお渡ししてます」
「最近はネット配信コンテンツにも力を入れてます。現場の雰囲気を誌面だけでなく映像でもお届けしたいと。その場合は撮影オプションとして10分間のコンテンツ制作で70万円からとなっています。中小企業の社長さんにとってタレントにレポートをしてもらえるチャンスなんてそうはありませんから、かなりの依頼がありますね。もう、ウチはIT企業なんです」
ネット配信された動画を見ようと検索をかけたが、なかなか引っかからなかった。やっと見れたものの、まるで素人が制作したのかと思うほどのクオリティーの低さで、ノイズも気になる。だが、画面に映し出される経営者たちは、みな満足気だ。
もろもろの追加オプションと雑誌購入冊数の費用で差はあるものの、1社当たり最低でも50万円以上、それが月刊発行の雑誌1冊に10社近く掲載されるのだから割りのいい商売といえる。しかし、自分が取材された掲載誌を見て、経営者から抗議などはないのだろうか?