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「ソニー評価は幻想だった」(大株主)…7万人削減でも見えない出口、切れない過去の呪縛

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6月19日に開催されたソニーの株主総会
 2014年3月期決算で、3年ぶりに黒字化を達成したパナソニック。津賀一宏社長は12年の社長就任以降、「中村邦夫会長(現相談役)-大坪文雄社長時代」の負の遺産を整理し、住宅事業と自動車事業に経営リソースを集中させるなど構造改革を進め、その手腕を評価する声も多い。

 11年7月、役員会で津賀氏は「(プラズマテレビを生産する)尼崎第3工場は止めるべきだ」と発言した。「プラズマテレビの我々の顔」だと言っていたのは中村氏だが、津賀氏は、「中村-大坪時代」に推進され、2000年代に巨額投資が行われたプラズマテレビ事業を「戦艦大和」と言い切り、これに異議を申し立てたわけだ。この津賀氏の発言を受け役員会は紛糾したが、この3カ月後、パナソニックは2100億円を投じた尼崎第5工場の休止を発表した。稼働してから2年もたっていなかった。津賀氏は尼崎の最新鋭工場に両手を大きく広げてストップをかけたことになる。

 低迷からの脱却が見えつつあるパナソニックに対し、ソニーは14年3月期、13年10月、14年2月、同5月と3度にわたる下方修正の末、売上高7兆7672億円、純利益1283億円の赤字を計上し、さらなるリストラを発表するなど業績回復の兆しが見えない。そんなソニーの平井一夫社長兼CEO(最高経営責任者)に対して社内からは、「平井氏は業績を挙げて社長になったわけではない。前CEOのハワード・ストリンガー氏の英語のジョークが理解できたからだ」と揶揄する声も聞かれる。

 そんなソニーを尻目に、エレクトロニクス事業偏重からの脱却を図るパナソニックの
津賀氏は以前から、オランダのフィリップスの経営を徹底的に調べている。テレビ事業の先達だったフィリップスは米国のテレビ事業を船井電機に売却し、テレビ事業から全面撤退し、半導体事業からも撤退した。現在、フィリップスは美容家電や油を使わないフライヤーなど健康家電を製造・販売する企業に変身し、万年赤字会社の悪評を返上して高収益会社となった。

●7万人以上の人員削減でも見えない出口

 そのため、最近ではソニーの平井氏もフィリップスの研究を始めているというが、一方で注力しているのが人員削減だ。

 1990年代後半以降、ソニーの人員削減数は出井伸之氏、ハワード・ストリンガー氏の両CEO時代から累積で7万人以上に達している。14年度末までに、さらに5000人の削減を行うが、これは実に東京都狛江市の人口(7万8825人、14年1月1日現在)に匹敵する。その一方、ストリンガー氏の右腕である弁護士にコール・セリグマン氏は依然として、ソニー米国本社のトップとして居残っていることに、社内外から批判を呼んでいる。セリグマン氏は、ソニーの業績不振が続いた時代、CEOだったストリンガー氏を記者会見に出さず守り通したことでも有名だ。また、ストリンガー氏の実弟は、米国ソニー・ミュージックエンタテインメントの一部門である米国コロムビア・レコードの会長をしており、平井氏はいまだにストリンガー氏との関係を切れない。

 余談だが、ソニーの長期低落を招いたのは、元CEOの出井伸之氏だとの見方が今では固まりつつある。1995年6月、広報担当常務取締役から14人抜きの抜擢人事でソニーの代表取締役社長に就任した出井氏は、血のつながりはないが、創業家・盛田ファミリーの一員だった。パリに駐在中に家庭教師として創業者の盛田昭夫氏の長男と長女の面倒を見たといわれており、盛田氏の長男の妻は出井氏の従兄弟の娘でもある。出井氏が社長に抜擢されたのは「大賀さん(大賀典雄・元社長)が盛田夫妻の意をくんで社長にした」と古参の社員たちは信じているが、「大賀さんの最大の失敗は、出井さんを社長にしたことだ」との評価が定着している。