最近、電車内で耳にした、会社員とおぼしき女性同士の会話です。
「このごろ肩がこったり、頭痛がするようになったのよね」
「えー、歯のかみ合わせが悪いのかもよ!」
このやりとりを聞いた時、かみ合わせがここまで一般常識になったのかと嬉しくなりました。
筆者がかみ合わせを勉強し始めた25年以上前には、こんな会話は想像もできませんでした。当時は一般の人はもちろん、歯科医師ですら「かみ合わせが悪いと頭痛や肩こりの原因になる」などと言おうものなら、信じないどころか鼻で笑われたほどです。それを思うと隔世の感があります。
それまでの歯科治療といえば、虫歯を削って詰めたり被せたり、抜いたときは入れ歯で補うなど、歯の修理・修復に明け暮れていました。予防といえば、「磨け磨け」というばかりで、こんな状況を指して「歯科は科学ではない」と大新聞の医療担当の記者に揶揄されていたものです。
そんな歯科の世界も、「かみ合わせと全身」の世界に踏み込んでから、少しずつ状況が変化してきました。科学としての歯科治療に取り組む歯科医も現れ始めました。
一般の人にも虫歯、歯周病に続く第三の疾患として、顎関節症(がくかんせつしょう)の名が認知され、歯と歯ぐき以外の領域も歯科治療の対象になり、その受診者も増え、そうした診療を専門とする歯科医院も登場しました。さらに、口と顎にとどまらず、かみ合わせと全身の不調を訴え歯科治療を希望する人も増えてきました。筆者の医院にもそうした患者さんが訪れます。
かみ合わせの悪さが肩こり、頭痛を招く
しかし、一体なぜ、かみ合わせが悪いと肩こり、頭痛などといった悪影響を体に与えるのでしょう。かみ合わせが大事とはよく聞きますが、なぜ大事なのかという明確な説明はなされていません。基準となる診断法や治療法も確立されていません。歯科大学でも教育されていませんし、日頃、かみ合わせにかかわっているはずの多くの歯科医ですら、この話題になると及び腰になるのが実情です。それでも「かみ合わせは大事」という漠然とした認識だけは確実に広まって、冒頭の会話のように一般常識にまでなっています。
筆者の医院を訪れる患者さんのなかには、虫歯や入れ歯の治療のほか、口が開かない、顎が痛いなど、口の不調だけでなく、頭痛や肩こりなどのほかにも自分の体調不良の原因がかみ合わせにあると自覚し、その治療を目的に受診される方も多くいます。そのなかには、かみ合わせが悪くなってしまった原因が、それまでに受けた歯科矯正や、ブリッジ、入れ歯、インプラントなどの歯科治療にある場合も多く見受けられます。同業者としてとても残念なことです。
こうした経験から、かみ合わせにまつわる漠然とした認識を、もう少し具体的な認識に変えようと、著書や講演会などで「かみ合わせの大切さ」を解説する活動をしています。かみ合わせが体に与える影響については、次回以降あらためて説明いたします。
口はまさに「命の源」です。この口の健康に大きく影響を与えるのが、かみ合わせなのです。口の健康が人生の豊かさを大きく左右することがあるのです。正しい情報を集めて口と体の健康に役立てていただきたいものです。
(文=林晋哉/歯科医師)