その理由のひとつは、国内航空会社が抱える「2030年問題」だ。
実は、航空業界では30年ごろにベテラン機長クラスのパイロットが大量退職するといわれている。国内航空会社はパイロットの年齢構成が40代以上に偏っていて、なかでも経験豊富なベテラン機長は50代が中心。20~30代のパイロットは訓練生や副機長ばかりなので、このままいくと十数年後にはベテランがいっせいに定年退職し、機長クラスがいなくなってしまうというのだ。
「航空業界の構造的な問題もあります。日本の航空会社には海外のようにパイロットの派遣制度がなく、他社からの中途採用もほとんどありません。JALやANAは訓練生を新卒採用し、自社でパイロットを育成する方針をとっています。ただ、パイロットを育てるには1人につき数億円の育成費がかかるため、そのコストを考えると航空会社側もそう簡単に採用を増やすわけにはいかなかったのです。特にJALの場合は、経営破たんにともなってパイロットを大量にリストラし、訓練生の新卒採用もここ5年間は見送ってきました。こうしたことからも、将来的にパイロットが人材不足に陥ることはわかりきっていたのです」(航空ジャーナリスト)
12年に格安航空会社(LCC)が国内に3社も誕生したのは、JALをリストラされたパイロットを大量に採用できたことも理由のひとつだったという。だが、いまやそのJAL退職組も市場に人材はいなく、LCCは大手であるJALやANA以上にパイロット確保が厳しくなるといわれる。こうしたさまざまな事情から、国交省も数年前から将来的なパイロット不足を心配していたという。
●規制緩和の動き
では、具体的にどれくらいパイロットが不足するのだろうか。
現在、JALには約1500人、全日空には約1800人のパイロットがいるが、ベテラン機長が大量退職する30年ごろには、LCCを含めた国内航空業界全体で約8500人のパイロットを確保する必要があるといわれる。アジアでいえば、今後5年間で2万人、将来的には現在の4.5倍にパイロット需要が増え、世界的には今後20年で50万人のパイロットが必要になるとの見通しだ。
「国交省や各航空会社もあの手この手を使って人材確保に躍起になっています。例えば、パイロットの乗務時間は国内線で1日8時間、国際線で12~13時間が上限とされていますが、国交省はこの規制を緩和し、1日に乗務できる時間を長くして、1人のパイロットが乗れる便数を増やす新制度を導入しようとしています。また、現在は60~65歳未満のパイロットの乗務は2人のうち1人しか認められていませんが、この規制も見直して、2人乗務が認められることになりそうです。さらにこの春からは、おもにLCCの人材不足への対応策として自衛隊のパイロットの民間航空会社への転出も実施します。とりあえず、現状いるパイロットを最大限に活用して時間を稼ごうというわけです」(同)
もちろん、航空業界もパイロットの育成に力を入れ始めてはいる。JALは15年度からパイロットの新卒採用を再開する予定で、ANAは米国のパイロット訓練会社を買収。自社のパイロット不足を補いつつ、米国の航空会社などにも人材を送り込む「パイロット人材育成ビジネス」を始める予定だ。東北大学や神奈川工科大学、東海大学、千葉科学大学などにはパイロット養成コースがあり、国交省は奨学金制度を拡充してパイロット教育を支援するという。