大丸松坂屋、「外商」売上が30%増に急伸の理由…50歳以下の顧客が増加

大手百貨店の大丸松坂屋百貨店の「外商」部門の売上が、この5年間で約30%も伸びている。外商といえば、富裕層の自宅に百貨店の営業担当者が訪問するという旧来のイメージが強い。顧客層も60歳以上の高齢層と思われがちだが、近年では現役世代の利用が増えている。スマートフォンなどモバイルツールを利用した販促も当たり前になっているというが、その内実を解き明かすべく、同社で本社営業企画部外商担当マネージャーを務める瀬尾望氏に詳しく聞いた。
かつてコロナ禍に大いに苦しめられた百貨店が、ここにきて強い上昇気流に乗っている。国内最大手の三越伊勢丹ホールディングスを例にとると、2021年3月期に約210億円の営業赤字を計上したがそれ以降は増収増益続きで、2025年3月期は720億円の営業黒字を見込んでいる。この背景を想像する時、誰もが思い浮かべるのがインバウンド消費の爆発だろう。実際に、日本百貨店協会によれば、全国百貨店における2024年のインバウンド売上は6,487億円に達し、過去最高を大幅に更新したという。
ところで、まだあまり知られていないが、インバウンドの恩恵はありがたく受けつつ、さらなる飛躍へのエンジンを「外商部門」に見出している百貨店がある。全国に関係店含め15店舗を展開する大丸松坂屋百貨店だ。近年、同社は外商の営業スタイルに新機軸を導入し、コロナ禍前の2019年比で、2024年上期は約30%もの増収をとげている。
外商とは「上得意の顧客に対して、専任の係員を通じて特別なサービスを提供する販売チャネル」
百貨店の店舗に足しげく通うヘビーユーザーであっても、外商部門の担当者と接することは基本的になく、その内情をうかがい知る機会もない。はたして百貨店の外商とは、どのような販売・接客手法なのだろうか。
「外商とは、当社の上得意のお客様に対して、専任の係員を通じて特別なサービスを提供する接客チャネルです。お客様個々の趣味志向を細かく理解して、それに合わせたパーソナルなサービスを提供しています。
たとえば、お客様の好きなブランドのクローズドな販売会にご招待したり、当社のバイヤーが探してきた特別な限定商品をご提案したりと、外商お得意様ならではのサービスやコンテンツをご利用いただけます」
百貨店の華やかな店頭のその向こうには、外商お得意様にしか利用できない、よりリッチな消費体験が用意されているのだ。そのうえ、顧客が自分でも認識していない潜在的なニーズを、取引の中で外商係員が察して、新たなサービスやコンテンツを提案することもあるという。顧客にとっては、自分ではたどり着けなかった商品を外商係員の視点を介して視野に入れ、未知の購買体験ができることになる。
「他にも、お忙しいお客様のために電話やSNSツールのやり取りでご要望いただいた商品をご用意したり、全国展開している当社の調達力を活用して遠隔地から商品を取り寄せたりもします。細かいところで言うと、どなたかにプレゼントをされたいけれども自分で買いに行く暇がないというお客様から、先様の情報をおうかがいして外商係員が商品を選定・ご提案し、包装まで仕上げてお持ちしたこともあります」
このように、外商部門は個々の会員に対して、専任のコンシェルジュサービスのようなきめ細かいサービスを提供していると瀬尾氏は語った。
事業環境と顧客の変化をとらえ、ピンチをチャンスに変えて成長を遂げる
直近5年間で約30%もの伸びを見せている外商部門の勢いは、社内における売上シェアという点でも確認できるという。大丸松坂屋全体の売上高における外商の割合も、2019 年は 23% を占めていたのが、2024年には4ポイントアップを遂げ、27%に達した。
「当社の中でも、外商部門はめざましい成長分野だと言えます。この数年で、外商部門の中でも特に変わってきたのが、売上高に占める50歳以下のお客様の割合です。いわゆる『若年富裕層』のご利用が増えていて、顧客の若返りが起こっています。これに対応する形で、外商部門の接客手法も変化してきている面があります。
具体的には、オンライン対応の増加です。コロナ禍で人と人との接触が制限された影響もあり、それ以来直接お客様のお宅に訪問する機会が減少しました。苦しい時期でしたが、その中で接客ツールとしてLINE WORKSの活用が始まり、お電話やメールなども含めアポ取りから商品がお手元に届くまで、お会いせずに完結することが珍しくなくなりました」
古くから続く外商も、時代や顧客の変化に対応した進化を遂げているということだ。その大きな要因である、若年富裕層の増加にはどのような背景があるのだろうか。
「外商部門では2021年から、外商カードへご入会のハードルを下げるためその具体的な施策として、ネット上で外商とのお取引をお申込みいただける『オンライン入会』を開始しました。それ以前は、すでに外商でお取引いただいているお得意様からのご紹介であったり、あるいは当社のほうからご招待させていただいたりと、入会にハードルがありました。それを取っ払って、どなたでもお申込みいただけるように仕組みを大きく変えたのです」
ネットで「大丸松坂屋百貨店 外商」というワードで検索してみると、外商サービスが利用できる「大丸松坂屋お得意様ゴールドカード」の入会ページがヒットする。これに申し込むことで、誰でも外商の門をたたくことは可能だ。ただし外商カードの発行には審査があり、実際には誰でも入会できるわけではないという点で、引き続き外商のステータスやサービスのクオリティは保たれているという。
「若いお客様ですと、なかなかお知り合いからの紹介で入会していただくことは難しいですし、こちらからご招待するきっかけも少なくなります。また、仮にお知り合いをご紹介していただいたとしても、その方が審査で入れなかったりすることがないわけではありません。このような事情もあって、人のつながりの中で比較的お客様とご縁をいただくのは難しかったんです。オンラインで門戸を開いたことでこうした制約が取り払われて、取引をご希望される若年富裕層とのニーズが合致した結果、ご利用の増加につながったと考えています」
成長のカギを握る「若年富裕層」とは?
若い時分から手厚い外商サービスを利用できるのは、うらやましいの一言だ。そんな彼・彼女たちには、どんなバックグラウンドがあるのだろうか。瀬尾氏によると、その属性は大きく3つに分かれるという。
「もちろんいろんな方がおられるのですが、その中でも多いのは、親御さんの世代から外商をご利用いただいている方です。ご本人も外商に慣れ親しんでいて、お子様が成長・自立されるなかでご自身が入会されるという流れですね。こういう方は30代、20代でもおられます。
このほか、ご自身で起業をして事業で成功されて、外商にご入会される方も少なからずいらっしゃいます。あとは医師や弁護士、税理士といった、資格職の方も多いです。こういった方々はとにかくお忙しいので、自分が店舗に出向く必要がなく、係員がご提案やお取り寄せなどこまめに動いてくれる外商のサービスを魅力に感じて、ご入会いただいていることが多いと思います」
外商のお得意様は、ニーズをとらえて提案をしてくれる「コンシェルジュ」、そして自分に成り代わって動いてくれる「エージェント」の面に魅力を感じているようだ。その上で、百貨店が外商お得意様に提供できる価値として、「安心・安全」が非常に大きいと瀬尾氏は強調する。
「今はネットショッピングで何でも買える時代ではありますが、たとえば美術品のような高額の商品を買う時には、値付けが正しくリーズナブルなのか、モノは確かなのかといった部分は、価格が高くなればなるほどお客様は不安に思われると思うんです。そこで私どもは、長年の大丸ブランド、松坂屋ブランドならではの『安心感』をご提供できますし、価格が適正でモノが確かであるという『安全』をご提供できます」
大丸松坂屋百貨店が外商お得意様に提供する「安心・安全」は、サービスやコンテンツの提供にあたって、幾人ものプロの目による目利きが働くことによって担保されているという。たとえば美術品であれば、まず外商お得意様についている外商担当者がいて、社内の美術品担当のバイヤーがいる。さらに、その取引先、仕入れ先にも専門家がいて、専門家同士の情報交換や目利きの共有が行われている。このようなプロセスを通じて真贋の鑑定がしっかり行われ、販売価格もリーズナブルで間違いがない、適正価格に落ち着いていくという形だ。
このほか、若年富裕層ならではの購買傾向などはあるのだろうか。
「購入される商品については、若いかたに限定して何か受けのいいものがあるという感じではありません。むしろ違いがあるのはサービスのほうですね。先ほどお話したLINE WORKSでお客様が求める商品の画像が届き、外商係員がそれを探して確保、販売させていただくという流れが増えています。
商品の情報はネットでいくらでも取れるようになっていますから、以前よりも情報感度が高くて詳しいお客様が増えています。とはいえ、見つけたものをそのままオンラインでポチッと購入するのは、価格が高くなればなるほど慎重にならざるを得ません。そこで、ネットで調べた商品を実際に見てみたいからと、外商を通じて取り寄せたものをご確認のうえ、購入していただくことが多くなっています。
あとは限定商品を特別にご提案したり、なかなか手に入らないものを確保したりという部分ですね。もちろん何でも100%、必ずお応えできるわけではないですが、希少価値が高くて店頭には並ばないものをご提供できる、このようなサービスにもご期待いただいていると感じます」
外商部門のさらなる成長戦略とは?
最後に、伸びゆく大丸松坂屋百貨店の外商部門について、さらなる成長戦略を尋ねてみた。
「当社を含むJ.フロント リテイリングは、グループのなかにGINZA SIXやパルコなど、百貨店とは違ったスタイルの店舗もあります。それらとの連携で、外商の中でも若い層のお客様に対して、より高い価値を感じていただけるサービスやコンテンツをご提供できるように取り組んでいきます。
あとは、すでにご提供している大丸松坂屋百貨店のスマホアプリをタッチポイントとして、外商をご利用いただく仕組みの構築を検討しています。 本来、外商はゴールドカードにご入会いただいてご利用いただくのですが、お客様によってはたとえば航空会社のマイルを貯める目的などで、フルに利用したいカードをお持ちの方もおられます。そのようなお客様にもアプリを窓口に柔軟に対応させていただき、間口を広げていくことが今後の成長戦略になると考えています」
激しい競争の中で、老舗百貨店は変わりながら進化を続けていくということだ。
(文=日野秀規/フリーライター)