東京・新宿駅西口のシンボルだった小田急百貨店新宿店本館が閉館となり、渋谷の東急百貨店本店は閉店し、地方で百貨店の閉店ドミノが起きるなど百貨店不況が深刻化しているといわれている。そんな中、新宿高島屋が2022年度(2023年2月期)決算で過去最高に迫る売上高795億円を叩き出したことが話題となった。なぜ多くの百貨店が苦境にあえいでいる中で新宿高島屋は飛躍できたのか、その要因と最新の業界の構図を専門家が解説する。
渋谷で半世紀以上にわたって営業してきた東急百貨店本店は1月31日に閉店し、渋谷に残るデパートは西武百貨店渋谷店のみとなった。西武百貨店渋谷店についても、セブン&アイ・ホールディングスは業績不振が続く「そごう・西武」を米投資ファンドへ売却する方針を示しており、それが実現すればファンドと組んでいるヨドバシカメラが出店するのではとみられ、遠くないうちに渋谷から百貨店が消える可能性がある。
新宿では、小田急百貨店新宿店本館が昨年10月に営業を終了。売場面積を以前の8割減にして隣接する別館「ハルク」内に改装オープンしたが、すっかり存在感を失ってしまった。新宿は京王百貨店も再開発計画があり、開発完了後は百貨店として存続できないのではとの推測がある。また、池袋では「そごう・西武」売却後の西武池袋本店へのヨドバシカメラの出店をめぐって大揉めしており、東武百貨店も再開発計画があることから、こちらも将来的に街から百貨店が消えかねない。
1月に発表された日本百貨店協会のまとめによると、2022年の全国百貨店売上高は計4兆9812億円。1990年代に年間10兆円弱あった売上高はほぼ半減してしまった。昨年末時点における店舗数は185店で、ピークだった1999年の311店から減少する一方となっている。もはや斜陽産業と言わざるを得ないような状況だ。
ところが、先述したように新宿高島屋の2022年度の売上高は795億円で過去最高に迫る勢いとなっており、前年度の584億円から36%増という驚異的な伸びとなった。コロナ禍前だった2019年度の717億円をも上回り、驚異的なV字回復となっている。ただ実は、好調なのは新宿高島屋だけではない。業界トップの伊勢丹新宿本店は2022年度の売上高が3276億円となり、過去最高を叩き出した。売上高が3000億円を超えたのは1991年度以来だ。
高額品の販売が好調
なぜ多くの百貨店が苦しんでいる中で、新宿高島屋や伊勢丹新宿本店は大躍進しているのだろうか。流通アナリストの中井彰人氏にその理由を解説してもらった。
「基本的に、東京や大阪といった大都市の旗艦店は売上が伸び、コロナ禍前を上回る百貨店が増えています。売上増の大きな要因としては、時計、貴金属、ブランド品など富裕層向けの高額品の販売が好調だったことが挙げられます。その中でも、新宿高島屋と伊勢丹新宿本店が大きく飛躍したのは、小田急百貨店新宿店の大幅な売場縮小と渋谷の東急百貨店本店の閉店が影響している。小田急新宿店と東急本店の『外商』の顧客だった富裕層などを、新宿高島屋と伊勢丹新宿本店が奪い合い、その結果が売上の好調ぶりに反映されたと考えられます。2021年度の売上は小田急新宿店が595億円、東急本店は635億円ありましたから、小田急が売り場を縮小して営業継続している分を差し引いても、合計で1000億円前後の売上が宙に浮いたとみられ、それを高島屋と伊勢丹がうまく取り込んだわけです」(中井氏)
昨今の百貨店は「外商」などによる富裕層からの売上が重要度を増しており、三越伊勢丹ホールディングスの2021年度の個人外商売上高は790億円で、コロナ以前の2019年度(716億円)と比較して大幅増。伊勢丹新宿本店では、2021年度の買い上げ金額上位顧客5%による買い上げシェアが50.9%に達し、富裕層・超富裕層が売上を押し上げている状況が明らかになった。富裕層というと高齢者のイメージが強いが、同年度の49歳以下の外商購買額シェアは前年比5.3ポイント増の28.9%となり、若返りが進んでいるという。となると、将来的にも高額品販売が好調に推移していくとみられ、百貨店は富裕層をメインターゲットにするのが生き残りの道ではないかと考えられる。
鉄道会社がターミナル駅で百貨店を運営する理由
こうした方向性が業界の激変につながっているようだ。好調な百貨店と消えていく百貨店にはひとつの法則がある。百貨店は大きく分けて、小田急百貨店や京王百貨店など私鉄グループの「電鉄系百貨店」と、呉服店をルーツとした高島屋や伊勢丹のような「呉服店系百貨店」があるが、先述したように前者は旧電鉄系も含めて次々と閉店や規模縮小となり、後者は絶好調となっているのだ。その理由について、中井氏はこのように指摘する。
「おおざっぱな言い方をすると『本業か本業じゃないか』ということが大きな理由でしょう。鉄道会社がターミナル駅で百貨店を運営する最大の理由は、商業サービスを駅の利用者に届けることで沿線価値を高めるためです。しかし、かつての百貨店は休日に家族で出かけ、買い物をしたり、子どもが屋上遊園地で遊んだりと庶民が楽しめる場所でしたが、現在は高級なイメージで敷居が高くなり、家族連れは手ごろな商品やサービスがそろった郊外のショッピングセンターなどに流れています。ファミリー層から支持されなくなった百貨店は沿線価値を高めるものではなくなりますから、鉄道会社としては無理に続けていく必要がない。巨大な鉄道グループにしてみれば、百貨店がなくなっても大きな問題はありませんし、それより大衆向けの商業施設に変えたほうがいいわけです。一方、呉服店系の伊勢丹や高島屋は百貨店が本業ですから、売上を出せなければ会社の存続にかかわる。ですから、富裕層の顧客獲得やリアル店舗とECサイトのシームレス化などを進め、必死に売上を伸ばそうとしてきた。そうした戦略の違いが、呉服店系百貨店の大勝ちと、電鉄系百貨店の総負けともいえる現状につながっていると考えられます」(同)
地方の百貨店は厳しい状況
最新の百貨店業界の構図について、中井氏はこのように語った。
「新宿高島屋は上がり続けてきた売上が2023年6月度の営業報告で前年比マイナスに転じるなど伸びがひと段落してきましたが、伊勢丹新宿本店は今年も変わらずに売上が大きく伸び続けており、決算で驚異的な数字を叩き出しそうです。業界トップの座はより強固なものになるでしょう。大阪の阪急本店なども相変わらず強く、名古屋なども含めて大都市部の百貨店はコロナ前の売上を上回っているところが目立ちます。そうした状況を見ると、大手百貨店は富裕層をターゲットにすることなどで今後も生き残ることができそうです。一方、島根県の一畑百貨店が来年1月に閉店すると発表し、全国で3つ目の『デパートなし県』が生まれることが確定するなど、地方の百貨店は厳しい状況が続いています。大都市部の百貨店のECサイトが充実すれば、地方の百貨店は地元の富裕層の顧客を奪われる可能性もあり、そうなれば地方百貨店の減少は加速するでしょう。都心部での電鉄系百貨店の衰退などもあり、業界は大きな過渡期を迎えているといえます」(同)
大都市と地方、呉服店系百貨店と電鉄系百貨店で二極化が進んでいる状況。大都市を中心に百貨店が生き残っていくのは間違いないだろうが、その存在意義やビジネススタイルは大きく変化していくことになりそうだ。
(文=佐藤勇馬/協力=中井彰人/流通アナリスト)