高島屋の業績が回復している。背景にはいくつかの要因がある。一つの要因として、主要先進国を中心にウィズコロナの社会と経済運営が進み始めたことは大きい。東京都心や大阪、名古屋、および各地の観光地を訪れる海外からの観光客(インバウンド需要)は増えている。国内の個人消費も相応にしっかりしている。そうした事情を背景に、高島屋の高価格帯商品の売れ行きは回復している。それは国内の個人消費の今後の回復ペースを予想するうえでも需要だ。
ただ、高島屋は現状に満足はしていない。特に営業力の回復には危機感を持っているといっても過言ではない。それは同社の成長にとって重要だ。経営陣は、これまで以上に構造改革を強化するだろう。その中で注目されるのは、百貨店やショッピングセンター(SC)など商業開発のノウハウと都市開発を結合し、動線をひいて新しい生活環境を人々に提供することだ。すでに、千葉県流山市では地域全体でその成果が表れている。高島屋経営陣が基幹店舗の営業力向上と、新しい事業領域の開拓にどういった戦略を提示するか、一段と注目される。
現在の高島屋の業況
高島屋の収益力は徐々に上向いている。2020年の年初以降、世界全体で新型コロナウイルスの感染症が拡大し、各国で人々の移動は制限された。その後も、感染の再拡大は続いた。百貨店ビジネスの維持に欠かせない動線はかなり不安定に推移した。2020年2月期、9,191億円だった高島屋の営業収益は、2021年2月期に6,809億円に落ち込んだ。国内の個人消費の減少や、海外からの観光客の事実上の蒸発のインパクトは非常に大きかった。2022年2月期の営業収益は7,611億円に戻った。決算説明資料によると、2023年2月期の営業収益は8,605億円、営業利益は255億円(前年度実績は41億円)に回復すると予想されている。
収益力回復の背景の一つとして、高島屋は固定費の圧縮を徹底した。その一つとして採用抑制をメインとする人件費の削減が進められた。その結果、インバウンドを除く国内の売り上げは2023年2月期上期時点で2019年度上期の97%程度まで回復した。国内事業の収益創出力は不安定ながらも向上している。それに加えて、主要先進国がウィズコロナにシフトし始めたことも大きい。それに伴い訪日外客数が回復している。日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2022年1月時点の訪日外客数は17,766人だった。11月は934,500人に増えた。年初から11月までの訪日外客数は2,461,900人だ(データは12月23日時点)。2019年の実績(31,882,049人)には及ばないが、2021年の245,862人からは大きく増加した。インバウンド需要を国、地域別にみると、米国の割合が高まった。アジア地域では韓国からの来日者数が増えた。一方、ゼロコロナ政策が続いた中国からの来日者数は少ない。
コロナ禍が発生するまでわが国では、いかにして訪日外客一人当たりの消費額を増やすかが焦点だった。その点を踏まえると、世界のウィズコロナ移行に伴って米国など相対的に所得水準の高い国や地域からの来日者数が増えていることは、高島屋の収益力向上に相応のインパクトを与えているだろう。そうした変化を背景に、新宿、日本橋や大阪店などの売り上げは増加している。商品別にみると、家電、化粧品、美術、宝飾、貴金属など高価格帯の商品の売れ行きが伸びている。
収益力は回復途上
ただ、高島屋経営陣は業績の回復は道半ばとの見解を示している。いくつかの要因が考えられる中、主たる課題は、コストプッシュ圧力の高まりと、営業力の強化だ。結論を先に示すと、業務に従事する人員が削減される中でいかに営業力を伸ばすか、同社の実力が問われる。
日本で、世界的な物価高騰、一時の急速な円安による輸入物価上昇によって電力料金などは上昇している。ウクライナ危機がどう収束するかは見通しづらい。エネルギー資源や穀物などの供給不安は長引きそうだ。高島屋がより強いコストプッシュ圧力に直面する可能性は高い。それは、販売管理費の増加につながる。それに対応するために、高島屋は外部に委託してきた業務の内製化を加速している。人件費を圧縮するとともに内製化を進めると、現場の負担は高まる。
この問題を解決するために、デジタル技術を用いた業務の省人化は欠かせない。百貨店業界にとってデジタル化は不可避の変化であるが、それは店頭での販売力の強化よりも、むしろその裏側でより重要ではないか。顧客管理や潜在的な需要発掘に加えて、オペレーションに付随するコスト削減など顧客の目に見えない部分でのデジタル技術活用は注目される。反対に言えば、対面を中心に接客力をいかに磨くかは、百貨店にとって差別化要因だ。
また、経営陣は営業力強化に取り組む考えも示している。その一つとして注目されるのは外商部の強化だ。現在の高額商品の売れ行きを見る限り、国内の個人消費が急速に落ち込む展開は想定しづらい。その状況下、富裕層の消費意欲は引き続き安定して推移するだろう。高島屋が磨いてきた顧客との接点を増やす力を高め、より多くの従業員がそのノウハウに習熟する環境を整備する。それは、営業力を向上させる一つの要因になるだろう。顧客が安心、満足して買い物を楽しむことのできる環境を整備し、より良い購入体験を創出する。それによって高島屋の外商、店舗の両面における営業力は向上するだろう。このように考えると、デジタル技術の活用を増やして業務運営に必要な人員を減らし、顧客向けのサービス提供を強化することは、今後の成長戦略のコアになるだろう。
SC運営のさらなる強化期待
今後、高島屋は国内事業の構造改革をさらに強化するだろう。その中で注目されるのは、SC運営力の強化だ。百貨店事業では店舗のコスト構造の見直しがさらに強化され、固定費の削減が徹底されるだろう。背景の一つとして、世界経済にとって感染症のリスクは一段と高まっている。2022年12月上旬以降、中国ではゼロコロナ政策が緩和された。しかし、病床確保などウィズコロナ移行の準備は不十分であり、規制緩和とともに感染者は急増している。中国の個人消費がかなりの期間にわたって停滞する恐れは増している。
米国では中国の感染再拡大によってさらなるウイルス変異への不安が高まっている。また、FRBやECBの利上げ継続によって、米欧の個人消費にも下押し圧力がかかる。インバウンド需要が回復し始めたことは高島屋にとって重要だ。ただ、さらなるインバウンド需要の増大を前提に事業を運営することは現実的ではない。まずは国内でしっかりと収益を獲得できる体制を確立しなければならない。
そのために注目されるのは、百貨店運営で培われた動線の確立を多面的に活用することだ。そのカギを握るひとつは、高島屋子会社の東神開発だ。同社は「流山おおたかの森S・C」などの運営を担っている。それによって、食品スーパーや生活雑貨店、映画館など生活を充実させる環境が整えられた。つくばエクスプレスの運行、便利な都市環境の整備などの結合によって、千葉県流山市の人口は増えた。高島屋のノウハウはそれを支える要素の一つだ。
子育てのしやすさ、住みやすさなどにおいて高島屋グループの暗黙知を活用できる部分は多い。コロナ禍の発生によって、より良い所得や就業の機会を得るために大都市に住まなければならないという既成概念は大きく変わっている。それは、わが国だけでなく、世界各国に共通する変化といえる。当面、世界経済は物価の高騰や金利上昇、地政学リスクの高まりなどによってかなり不安定に推移するだろう。その状況下、国内で高島屋は百貨店やSCを中心によりよい人々の生き方を提案するという意味での付加価値力の発揮を目指すだろう。それによって、国内外の百貨店ビジネスなどにどういった変化が現れるかは興味深い。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)