不動産業界の”聖域”が崩壊するか…西松建設「脱デベ」開発、建設費高騰の特効薬か

●この記事のポイント
建設費がコロナ前比で3~5割上昇し、資材高騰や人手不足、2024年問題による労務コスト増が続くなか、不動産開発の採算悪化が深刻化している。本記事は、西松建設が箱根で進める「ディベロッパーを介さない自己完結型開発」に注目。用地取得から企画・設計・施工までを自社で担い、ディベロッパー報酬(総事業費の3~5%)の排除や発注者リスク上積みの縮小、仕様最適化により10~15%のコスト削減を目指す戦略を分析する。さらに、ホテルオークラとの直接連携による運営効率化、B/Sに資産を抱える財務リスクや市況変動リスクなどの副作用も検証し、ゼネコン主導モデルが日本の不動産開発構造をどう変えるのかを考察する。
不動産開発の現場が、静かに、しかし確実に悲鳴を上げている。
資材価格の高騰、慢性的な人手不足、そして「2024年問題」に伴う時間外労働規制の強化による労務コスト上昇。国土交通省の建設工事費デフレーターを見ても、主要都市の建築費指数はコロナ前と比較して3~5割近く上昇した水準で高止まりしている。ゼネコン各社の決算説明資料でも「採算悪化」「受注選別」の文言が並び、従来型の開発スキームでは事業が成立しない案件が増えている。
実際、大手不動産ディベロッパーが採算見直しを理由にプロジェクトを延期・凍結するケースは全国で相次ぐ。開発の“司令塔”が立ち止まれば、街づくりそのものが止まる。
こうした閉塞感を打ち破る「第3の道」として業界内で注目を集めているのが、建設会社が自ら事業主となる「脱・ディベロッパー型開発」だ。その象徴的な事例が、準大手ゼネコン・西松建設が手がける箱根のリゾートホテル計画である。
●目次
- 「中抜き」ではなく“構造転換”――10%超のコスト圧縮は可能か
- ゼネコンを縛ってきた「固定価格」の重圧
- ホテルオークラとの直接連携が生む合理性
- 広がるゼネコン主導モデルと、その副作用
- 問われるディベロッパーの存在意義
「中抜き」ではなく“構造転換”――10%超のコスト圧縮は可能か
通常、大型施設の開発は「ディベロッパーが用地取得・企画を行い、ゼネコンに発注する」というピラミッド型構造をとる。ディベロッパーは資金調達と企画・事業化を担い、ゼネコンは設計・施工を請け負う。役割分担は合理的だが、その分、マージンが重層的に積み上がる。
業界関係者によれば、ディベロッパーの開発手数料や利益率は案件規模にもよるが、総事業費の3~5%前後が一つの目安とされる。また、ゼネコン側も固定価格契約におけるリスクを織り込み、一定の予備費や安全マージンを上積みする。
西松建設の箱根プロジェクトでは、この構造を根本から組み替えた。自社で用地を取得し、企画・設計・施工を一貫して担う。つまり、ディベロッパーを介さない“自己完結型”モデルだ。
このスキームによるコスト圧縮の内訳は、主に次の3点に整理できる。
(1)ディベロッパー報酬の排除
事業主がゼネコン自身であれば、外部ディベロッパーへの手数料は不要となる。
(2)発注者リスク上積みの縮小
通常は発注者の要求変更や不測の事態に備えた予備費を織り込むが、自社案件であれば設計変更や仕様調整を機動的に行える。
(3)仕様の最適化
施工現場の知見を直接反映し、過剰スペックやブランド志向の装飾を削減。「見せるための豪華さ」ではなく、「運営効率を重視した合理性」を優先できる。
これらを合算すると、従来スキーム比で10~15%程度の総コスト削減が理論上は可能とされる。建設費が数年前の1.5倍近くに膨らんだ現状では、この“1割”が事業の可否を分ける決定打になり得る。
不動産ジャーナリストの秋田智樹氏は次のように分析する。
「現在は建築費高騰により、利回り前提が崩れている案件が多い。総事業費の1割圧縮は、IRR(内部収益率)を数ポイント改善するインパクトがある。自己開発型は理論的には合理性が高い選択肢だ」
ゼネコンを縛ってきた「固定価格」の重圧
なぜ、ゼネコンはこれまで“請負”に徹してきたのか。その背景には、日本の建設業界特有の商慣習がある。
多くの案件は固定価格契約(いわゆる一式請負)で発注される。資材費の高騰や人件費上昇があっても、契約後のコスト増はゼネコン側が吸収する構図が長らく続いてきた。いわば「不平等条約」ともいえる慣習だ。
「価格転嫁が難しい体質が、ゼネコンの収益力を慢性的に圧迫してきた。自己開発型は、その構造からの脱却でもある」(秋田氏)
事業主が自社であれば、資材価格の変動に応じた設計見直しや工期調整を自ら判断できる。他人の都合で赤字を掘るリスクを、経営の裁量でコントロール可能になる。
これは単なるコスト削減策ではなく、「リスク配分の再設計」といえる。
ホテルオークラとの直接連携が生む合理性
もっとも、建設会社が事業主になる場合、最大の弱点は「運営ノウハウ」にある。特にホテル事業は、ブランド力、集客力、サービス品質が収益を左右する。
西松建設はこの点を踏まえ、早期段階からホテルオークラと連携。運営はオークラが担うスキームを採用した。施工のプロと運営のプロが、ディベロッパーという“伝言ゲーム”を介さず直接対話する体制である。
ホテル経営にも精通する秋田氏は次のように評価する。
「設計段階から運営者が入ることで、動線設計やバックヤード効率、客室仕様の最適化が可能になる。開業後のオペレーションコストを抑える設計は、長期収益性を大きく左右する」
これは、単なる“中抜き”ではない。施工と運営の垂直統合による合理化であり、収益構造そのものを磨き込む試みだ。
広がるゼネコン主導モデルと、その副作用
この動きは西松建設に限らない。大林組や清水建設などスーパーゼネコンも、自社投資型の不動産開発を強化している。安定収益源の確保という観点からも、アセット保有は魅力的だ。
だが、劇薬には副作用がある。
(1)財務リスクの増大
土地取得費や建設費を自社の貸借対照表(B/S)に計上するため、財務負担は重い。市況悪化時には減損リスクも発生する。
(2)市況変動リスク
ホテルや商業施設は景気敏感業種である。インバウンド需要の減退や金利上昇局面では収益が揺らぐ。
(3)企画力の空白
ディベロッパーは本来、リスク分散や資金調達、テナント誘致の専門家だ。彼らを排除することで、別の専門性を失う可能性もある。
秋田氏はこう警鐘を鳴らす。
「ゼネコンが開発を内製化する動きは合理的だが、全案件で成功するわけではない。アセット運用能力やリスクヘッジ戦略が伴わなければ、景気後退局面で財務を圧迫する」
問われるディベロッパーの存在意義
西松建設の挑戦は、一企業の戦略にとどまらない。「とりあえずディベロッパーに任せる」という従来構造の必然性が問われている。
今後、ディベロッパーは単なる“中間業者”では生き残れない。高度な企画力、金融スキーム構築力、リスク分散設計など、明確な付加価値を提示できなければ淘汰は避けられない。
一方、ゼネコンも「請負業者」から「事業プロデューサー」へと脱皮を迫られる。財務戦略、運営パートナー選定、出口戦略まで視野に入れた経営力が不可欠だ。
建設費高騰という逆風は、日本の不動産開発に構造改革を迫っている。西松建設の“ディベロッパー抜き”開発は、その象徴だ。
それが特効薬となるのか、禁じ手となるのか。答えは、ゼネコンが「工事会社」の殻を破り、真の事業主体へと進化できるかどうかにかかっている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト)











