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「争続」急増時代の切り札、デジタル公正証書遺言…実は「対面より厳しい」条件?

2026.02.11 2026.02.11 01:02 経済

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●この記事のポイント
・「争続」増加を背景に、公正証書遺言のデジタル完結型が本格運用。外出困難な高齢者に道を開く一方、360度確認や診断書提出など対面以上に厳格な要件が課される実態を解説。
・ウェブ会議で作成可能となった公正証書遺言。利便性向上の裏で、公証人は本人の自由意思確認を従来以上に重視し、証人同席や空間確認など厳しい条件を求めている。
・物理的制約を突破するデジタル遺言制度が始動。しかし非対面ゆえに意思能力や外部介入の有無を厳密に審査。利便性と厳格性の両立が令和の相続対策の鍵となる。

 親の遺産をめぐる親族間の泥沼の争い――。かつては多額の資産を持つ家庭に特有の問題と捉えられてきた「相続トラブル」だが、いまやその様相は大きく変わっている。

 最高裁判所の司法統計によれば、家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割調停・審判の件数は高止まりを続けており、「相続」は誰にとっても無縁ではないテーマとなった。少子高齢化、未婚率の上昇、家族関係の多様化が進むなかで、「円満な相続」よりも「争続(あらそうぞく)」が前提となりつつあるのが現実だ。

 こうした状況下で、「争続」を未然に防ぐ最強の手段とされてきたのが、公証人が関与する公正証書遺言である。自筆証書遺言と比べ、形式不備による無効リスクが極めて低く、裁判になった場合でも高い証拠力を持つ点が評価されてきた。

 しかし、その公正証書遺言には、これまで見過ごせない“壁”が存在していた。

●目次

高齢者にとって酷だった「役所へ行く」という前提

 従来、公正証書遺言を作成するには、原則として本人が公証役場に出向くことが求められてきた。事前相談、資料提出、作成当日の手続きまで、すべてが「対面」を前提としたフローである。

 ところが、実際に遺言を必要とする層は高齢者が中心だ。

・要介護状態で外出が難しい
・高齢者施設に入居しており、平日の外出が制限されている
・地方在住で、最寄りの公証役場まで片道数時間かかる

 こうした事情から、「遺言の必要性は理解しているが、手続きが現実的でない」というケースは少なくなかった。

 公証人に自宅や病院まで来てもらう「出張(病床執務)」という方法もあるが、ここには明確な金銭的ハードルが存在する。公証人の日当や交通費に加え、手数料が通常の5割増しとなるため、数万円単位で費用が上乗せされることも珍しくない。

 司法書士の間では、次のような声が聞かれる。

「『争続を避けるために遺言を』と説明しても、『そこまでして作るものなのか』と躊躇される高齢者は多い。手続きの煩雑さと費用が、最後の一歩を阻んできたのは事実です」
(相続を専門に扱う司法書士・津久井朔氏)

2025年、本格始動した「デジタル完結型」公正証書遺言

 こうした物理的・地理的な障壁を取り払うものとして、近年本格運用が始まったのが公正証書遺言のデジタル化である。

 この新しい仕組みでは、作成プロセスの大部分がオンラインで完結する。

・メールでの事前協議
申し込み、戸籍謄本などの資料提出、遺言内容のすり合わせはすべて電子データで行う。

・ウェブ会議による作成手続き
当日はPCやタブレットを通じて公証人と面談。本人確認と意思確認を経て、その場で遺言が成立する。

・原本はクラウド保存
従来の「紙の原本」は作成されず、PDF化された遺言書データが日本公証人連合会のセキュリティ環境下で保管される。

・交付方法の多様化
ダウンロード、CD-Rなどの記録媒体、書面出力など、複数の受け取り方法から選択できる。

 一見すれば、「ようやく遺言もデジタル化された」と感じる人も多いだろう。だが、実務の現場では意外な評価も聞こえてくる。

「対面より厳しい」と言われる理由

 デジタル完結型の公正証書遺言は、誰でも無条件に利用できるわけではない。公証人が「ウェブ会議による作成が相当」と判断した場合に限られるが、その判断基準は想像以上に厳格だ。

 最大のポイントは、「本人の自由意思が本当に担保されているか」である。非対面であるがゆえに、「画面の外で親族が指示していないか」「本人が圧力を受けていないか」という疑念を払拭する必要がある。

 そのため、ウェブ会議の開始時には、カメラを使って本人がいる部屋を360度撮影し、第三者が同席していないことを確認するケースがある。

 さらに、意思能力の確認もシビアだ。画面越しでは表情や反応の微妙な変化を読み取りにくいため、
 ・医師による診断書の提出
 ・財産配分の理由について、対面以上に詳細な説明
 ・想定相続人との関係性の具体的な確認
などが求められることもある。

「オンラインだから緩くなる、ということはありません。むしろ『後から争われないため』に、公証人は対面以上に慎重になります」(同)

 また、証人についても注意が必要だ。証人は本人と同一の場所に同席することが原則とされ、完全に別々の場所から参加する形は認められない。「フルリモート」を想定していると、ここでつまずくケースも少なくない。

利便性と厳格さ、その両立が問われる時代へ

 デジタル完結型の公正証書遺言は、身体的・地理的理由でこれまで遺言作成を断念していた層にとって、間違いなく大きな前進だ。出張費用を抑えられるという経済的メリットも見逃せない。

 一方で、それは「簡単になる」ことと同義ではない。非対面だからこそ、公証人は「これは本当に本人の最終意思か」「誰の影響も受けていないか」を、より厳密に確認する。

 結果として、「対面よりも準備が大変だった」「想定以上に説明を求められた」と感じる人が出てくるのも無理はない。

 しかし、それこそがこの制度の本質だ。

「争続を防ぐための遺言が、手続きの甘さで争いの火種になっては意味がない」(同)

 デジタル遺言は“近道”ではない。だが、正しく使えば、これまで閉ざされていた選択肢を開く強力なツールとなる。

 まずは専門家を通じて、
・自身のケースがウェブ会議相当と判断されるか
・どこまでデジタルで進められるのか
を事前に見極めること。それが、「争続」時代を生き抜くための、令和版・相続準備の第一歩といえるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)