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「日本は半導体後進国」の大間違い…キヤノンや花王、“半導体の喉元”を握る日本企業

2026.01.31 2026.01.31 01:37 経済

「日本は半導体後進国」の大間違い…キヤノンや花王、半導体の喉元を握る日本企業の画像1

●この記事のポイント
・「日本半導体は死んだ」は誤解だ。キヤノン、花王、レーザーテックらが装置・材料・検査で世界の製造基盤を握り、TSMCやサムスンの量産を支配している。
・半導体競争は「チップ」から「工場インフラ」へ移った。日本企業は露光・洗浄・検査・後工程の不可欠領域を押さえ、代替不能性で価格決定権を確立している。
・川下の主役は海外でも、川上の製造OSは日本が担う。日本は完成品競争から脱し、誰が勝っても必ず使われる装置・材料で“プラットフォーマー化”した。

「日本の半導体は、もはや見る影もない」――。かつて1980年代に世界市場の5割を席巻した黄金期と比べれば、そうした“敗北論”がメディアに溢れるのも無理はない。実際、生成AIブームの象徴であるNVIDIA(エヌビディア)をはじめ、世界の注目を集める主役は米国であり、最先端プロセスの覇者は台湾TSMC、韓国サムスン電子といった海外勢である。

 だが、ここに重大な錯覚がある。「半導体=最終製品(チップ)を作る企業が勝つ」という見方は、川下だけを見ている。真に“産業の喉元”を握るのは、チップそのものではなく、それを作らせるための製造装置・材料・後工程の支配である。

 もし日本企業が供給を止めたらどうなるか。最先端スマートフォンのSoCも、AIサーバーのGPUも、先端メモリも、工場から消える。なぜなら、半導体製造は「一国で完結する産業」ではなく、地球規模の超分業によって成立する“巨大工場”であり、日本企業はその工場の要所を押さえる存在だからだ。

 本稿では、「日本半導体敗北論」の裏側で静かに進んでいた、日本の装置・素材メーカーによる“インフラ支配”の全貌を解き明かす。主役は、キヤノン、花王、レーザーテック、東京エレクトロン、ディスコ、信越化学、AGC、ヤマハ発動機といった“黒衣の巨人”たちである。

●目次

半導体は「モデル」ではなく「工場」の戦いになった

 生成AIの時代、半導体産業の競争軸は大きく変わりつつある。従来は「より良い設計をする企業」「より速いチップを作る企業」が主役だった。しかし今は、微細化が極限に近づき、製造難度は指数関数的に上がった。最先端領域では、もはや設計思想よりも「工場を動かせるか」が勝敗を分ける。

 先端半導体は、単に回路を縮めれば良いわけではない。歩留まりを左右するのは、ナノ単位の微粒子、材料の純度、洗浄工程、さらには検査・計測の精度と速度だ。この“工場総合格闘技”を成立させているのが、装置と材料の蓄積である。そして、その積み上げを最も長く続けてきた国の一つが日本である。

 元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏はこう語る。

「日本が失ったのは“メモリで世界を取る物語”であり、“半導体産業の支配力”そのものではない。むしろ今の日本は、勝者が誰であれ“必ず上納金が入るポジション”に移った」

 川下から見れば衰退に映る。しかし川上から見れば、日本は“プラットフォーム”へと進化していたのである。

「光」ではなく「型」で勝つ――キヤノンの逆襲

 半導体製造の最前線で、圧倒的な支配力を持つ企業がある。オランダのASMLだ。同社が独占するEUV(極端紫外線)露光装置は、最先端半導体の製造に不可欠で、価格は1台数百億円ともいわれる。導入できる企業が限られるほど、EUVは“通行手形”として機能してきた。

 だが、ここに風穴を開ける可能性を秘めた技術が存在する。キヤノンのナノインプリント(NIL)である。これは従来の露光と違い、「光で回路を焼き付ける」のではなく、ハンコのように“型”を押し付ける手法だ。もし量産に適用できれば、装置のコストや消費電力を大きく下げられる可能性がある。

 キヤノンはカメラ企業のイメージが強いが、産業領域は別の顔を持つ。インダストリアル部門は売上高3565億円、営業利益率約20%と、極めて高い収益性を誇る(ドラフト記載数値)。この利益率は、「価格競争ではなく技術競争で勝てている」ことを示すシグナルでもある。

「NILの価値は、ASMLを倒すことではない。“EUVの導入が難しい領域”や、“コストと電力が障壁となる用途”に別の選択肢を出せる点にある。製造インフラは一極集中より多極化のほうが強い」(岩井氏)

 ASML一強の時代は、いつまでも続くとは限らない。キヤノンのNILは、半導体工場のルールそのものを変える“異種格闘技”の刺客になり得る。

「台所の科学」がAIチップを救う――花王の界面制御が1ナノのゴミを許さない

 日本の強みは、装置だけではない。むしろ真骨頂は“材料”にある。そして、最も意外性のあるプレイヤーが、日用品メーカーの花王だ。

「アタック」「キュキュット」で知られる花王が、半導体洗浄剤の分野で存在感を強めている。半導体は微細化が進むほど、“見えない汚れ”が致命傷になる。人間の目には存在しないレベルの微粒子が、歩留まりや信頼性を左右するからだ。

 花王の武器は、長年培った界面活性剤の知見、すなわち「汚れを落とす科学」そのものである。洗浄後に水滴を残さない、微細領域で表面を安定化させる、といった制御は、まさに界面技術の応用だ。

「半導体洗浄は、単に“強い薬品で洗う”話ではない。表面を傷つけない、異物を再付着させない、濡れ性を制御する――つまり“界面の設計”が本質になる。花王は家庭用品で、その設計力を極限まで磨いてきた」(同)

 花王は2025年に台湾で精密洗浄センターを稼働させるなど、現地での連携を強めている。製造現場の近くに拠点を置くということは、「ただ売る」ではなく「一緒に歩留まりを上げる」パートナーに踏み込むことを意味する。これは素材メーカーとしての“格上げ”である。

シェア100%の「門番」――レーザーテックが止まれば最先端は量産できない

 半導体の覇権を握るのは、露光装置だけではない。作った回路が正しいかどうか、ミスを見抜けなければ量産できない。その“最終関門”を握る企業が、日本のレーザーテックだ。

 同社はEUVマスク検査装置で世界シェア100%級ともいわれる。EUV時代のマスクは複雑で、検査が難しい。ここで欠陥を見逃せば、不良品を大量生産する“地獄の量産”が始まる。

 半導体製造では、不具合が出てから止めるのでは遅い。止めた瞬間に数百億円規模の損失が出ることもある。だからこそ検査装置は、「保険」であり「通行証」でもある。

「最先端ほど“作る”より“確かめる”が難しくなる。レーザーテックは、EUV時代の品質保証の中心にいる。彼らは装置メーカーでありながら、事実上“工場の稼働率”を握っている」(同)

 営業利益率が40%を超える水準になり得るのも、代替が効かないことの裏返しだ。

「後工程」の王者が世界を制す――ディスコと、日本の“完成工程”支配

 半導体産業は、前工程(回路形成)ばかりが注目されがちだ。しかし実際には、完成品として成立させる後工程も、技術難度が上がっている。

 ここで圧倒的な存在感を放つのがディスコだ。ウェハーを切り出すダイシング装置で世界シェア70〜80%級ともされ、「切る・削る・磨く」において他社の追随を許さない。次世代のパワー半導体(SiC)など、高硬度材料ほど加工は難しくなり、ディスコの優位性が増す。

「後工程は“成熟市場”と言われてきたが、AIと電動化で状況が変わった。高性能化が進むほど、加工精度が製品寿命に直結する。ディスコはそこで“品質を売っている”」(同)

 半導体の覇権とは、最先端だけの話ではない。大量に作り、安定して出荷し、歩留まりを上げる。その最後の工程を押さえる企業が、利益の中心に立つ。

東京エレクトロン、信越化学、AGC……「代替不能」の積層が日本の武器になる

 日本の強みが恐ろしいのは、「単独のスター企業」ではなく、代替不能な要素が積み重なっている点にある。

 例えば東京エレクトロンは、コータ・デベロッパでシェア約90%級ともされる(ドラフト記載)。前工程の中でも重要な工程を押さえ、EUV関連で存在感を増してきた。信越化学はシリコンウェハーで世界シェア1位級、AGCは合成石英ガラスなどで世界トップクラスの地位を保つ。

 そして見落とされがちだが、工場全体の自動化・搬送・実装といった領域でも、日本企業は強い。ヤマハ発動機はロボティクス領域で高速・高精度の自動化技術を提供し、工場の“稼働率”を高める役割を担う。

 重要なのは、これらが単なる部品供給ではないことだ。日本企業が提供しているのは、半導体製造という巨大産業の「機械」「材料」「検査」「自動化」を束ねた、いわば“工場OS”に近い。

「半導体サプライチェーンの脆弱性が問題になるほど、川上のプレイヤーは“国家安全保障の道具”になる。日本の装置・材料企業は、経済合理性だけでなく地政学上の価値を持ち始めている」(同)

日本は「半導体の敗者」ではない。“プラットフォーマー”へ進化した

 かつて日本はDRAMなど、完成品(チップ)で世界を取ろうとしていた。しかし完成品は価格競争に巻き込まれやすく、量産勝負の世界であり、アジア勢との消耗戦になった。

 一方、現在の日本が取っているポジションは違う。誰が勝っても必ず使われる「装置」「材料」「検査」「後工程」に特化し、産業の通行料を握る側に回った。

 GAFAやNVIDIAが「どんなチップを作るか」を考える設計者だとすれば、日本企業は「そのチップを作るためのキャンバス、筆、絵の具、工房の管理システム」を提供している。しかも、それらは簡単に置き換えが効かない。

 つまり「日本半導体敗北論」とは、川下の分かりやすい“主役”だけを見て、川上の“支配”を見落とした議論なのだ。

 もちろん、日本に課題がないわけではない。人材、研究開発、スタートアップ層、ソフトウェアとの統合、製造拠点の脆弱性など、取り組むべき論点は多い。だが少なくとも、「日本は終わった」と結論づけるのは早すぎる。むしろ今、日本の強みは“地味だが最強”という形で、世界の半導体を縛っている。

 日本は半導体の敗者ではない。主役ではなく、世界の工場を動かすプラットフォーマーへと進化したのである。

【データ解説】世界を支配する「黒衣の巨人」たちの経営実態(主要指標)

 各社の決算短信・業績予想(ドラフト記載)に基づく主要指標を見ると、装置・素材系の高収益性が際立つ。営業利益率が2桁後半〜40%級に達する企業が存在するのは、単なる効率経営ではなく、代替不能性=価格決定権を握っているためだ。

 キヤノン:ナノインプリント露光で“次の選択肢”を提示
 東京エレクトロン:前工程の要所を支配
 レーザーテック:最先端の“門番”
 ディスコ:後工程の王者
 花王:洗浄・界面という「見えない戦場」で勝つ
 信越化学:超高純度ウェハーの根幹
 ヤマハ発動機:工場自動化で稼働率を支える

 半導体の覇権は、GPU企業やファウンドリの物語だけではない。むしろその背後で「工場を止められる権力」を持つ企業こそが、最終的に最も強い。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)