金価格“異次元”の高騰の裏側…陰の主役はリサイクル・非鉄金属・半導体企業

●この記事のポイント
・金価格高騰の背景には、地政学リスクの恒常化、各国の中央銀行による金購入、AI・EV向けの実需増加など複合的な構造変化がある。
・金相場の押し上げは円安だけでは説明できず、脱ドル化や供給制約など国家レベルの資産戦略の転換が大きく影響している。
・金高騰の裏で、貴金属リサイクル、非鉄金属、半導体加工など意外な企業が恩恵を受けており、長期的には金市場の成長が続く可能性が高い。
2024〜2025年にかけて、金価格は歴史的な高値圏を更新し続けている。日本国内では1グラム2万円を超えて推移しており、個人投資家の間でも「金はもう買えない価格帯に達した」との声が広がる。
だが、金相場の上昇は、単なる円安だけでは説明できない。背後には、地政学の緊張、中央銀行の大量買い、金の“脱ドル資産化”、そしてEV・AIなど新産業での需要増といった複層構造がある。
大手証券のアナリストはこう話す。
「金価格は為替や景気循環の延長で語られがちですが、2020年代前半は“資産の地政学化”という構造変化が起きている。金はその象徴です」
金価格は世界の不安定を映す「恐怖指数」のような面があるが、いま市場で起きているのは単純な安全資産買いではない。むしろ、国家レベルの資産防衛戦略の変貌が、金市場を根底から押し上げている。
本稿では、その知られざる背景を読み解く。
●目次
- 要因①:地政学リスクが“慢性疾患化”
- 要因②:各国の中央銀行が過去最大級の金購入
- 要因③:米国金利が高止まりしても下がらない“異例”の金相場
- 要因④:AI・再エネ・EVでの“実需増加”という意外な要因
- 要因⑤:供給の限界──「金は思ったほど増えない」
- 金高騰の裏で業績を伸ばす業界・企業
- 金相場は「恐怖の指標」ではなく「世界秩序の鏡」へ
要因①:地政学リスクが“慢性疾患化”
ロシア・ウクライナ情勢、イラン・イスラエル情勢、南シナ海の覇権競争──市場が最も嫌う「予見不可能性」が常に燻っている。
かつて金を押し上げた地政学的リスクは“突発的”だったが、現在は恒常化したリスクとして存在している点が大きい。
特に、米国が関わる複数の緊張ポイントが並行して存在する状況は、1970年代後半以来とも言われる。ある地政学アナリストは次のように語る。
「いまは“どこかで何かが起きても不思議ではない”という世界であり、リスクそのものが金価格の底上げ要因になっている。局地的ショックを待たずとも金は上がる」
そして、この長期化する緊張感は、国家の行動に直接影響を与えた。
要因②:各国の中央銀行が過去最大級の金購入
2022年以降、トルコ、インド、中国、カザフスタン、中東諸国などが、記録的ペースで金準備を積み増している。
世界金協会(WGC)によれば、2022年〜2024年の各国中央銀行の金購入量は過去50年で最大。背景には「脱ドル」「資産防衛」という国家戦略の転換がある。
米国の制裁政策が強化されたことで、外貨準備を米ドルや米国債だけに依存するリスクが顕在化した。特に中国やロシアは、外貨凍結リスクに強い警戒心を持つ。
そのため、「政治的中立資産」である金を外貨準備として積み増す動きが世界的に加速した。
「これは個人投資家では動かせない“国家マネー”の潮流。金需要の構造が完全に別のステージに入った」(外資系銀行ストラテジスト)
この中央銀行の需要が、金価格の上値を常に支えている。
要因③:米国金利が高止まりしても下がらない“異例”の金相場
金は本来「無利息資産」であるため、通常は金利が高いほど不利になる。ところが2023〜2025年は、高金利でも金が上昇する異例の相場が続いた。
金融アナリストの川﨑一幸氏によると、理由は以下3つだという。
1・米国債の信用リスクが議論され始めた
国家債務が累積し、格下げ議論も浮上。
→ 「米国債が絶対安全」の前提が薄れる。
2・インフレが完全には沈静化していない
金はインフレ期に安定的価値を持つ。
3・金が一種の“グローバル通貨”として扱われ始めた
米ドルへの依存回避の資産配分が定着。
つまり、いまの金相場は「景気」よりも「国際金融構造の変化」によるものが大きい。
要因④:AI・再エネ・EVでの“実需増加”という意外な要因
金は安全資産として語られがちだが、実物需要も増加している。
●AIサーバーと金の関係
データセンターやAI向けの先端半導体では、金メッキが欠かせない。なぜなら金は腐食せず、導通性が非常に高いため、サーバーの高速処理や電力効率を維持するために使われる。AI需要が世界的に爆発する中、金の産業需要も上昇している。
●EVや再エネ
車載半導体でも金使用量は増加。太陽光パネルなどでも、高効率化のための接続部に微細な金が使われるケースがある。「安全資産+実需」という二重の需要が、金の価格を下支えしている。
要因⑤:供給の限界──「金は思ったほど増えない」
近年は新規鉱山の大型発見がほとんどなく、生産量はほぼ横ばい。採掘コストは高騰し、環境規制も厳しい。WGCは「金の供給量は今後10年で大きく増える可能性は低い」と指摘している。
つまり、需要だけが増え、供給は増えない構造になっている。価格は上がって当然なのだ。
専門家たちの間では、短期の乱高下はあるが、中長期では上昇圧力が続く可能性が高いとの見方が強い。
中長期で金が押し上げられる理由としては、各国の中央銀行の金購入は続く、米中対立や新たな覇権競争は解消しにくい、供給は増えない、AI・EVでの実需増加、新興国の富裕層が現物金を購入するトレンドが強い、といったことが挙げられる。
ただし短期的には、米国利下げ観測の変動や、投機筋の動きで価格が大きく上下するため注意が必要だ。
他方、投資判断としては次のように考えるのが妥当だ。
◎長期保有:まだ遅くない
金は価格調整を挟みながらも、構造的な上昇が続く可能性があり、長期資産としては有効。
◎短期売買:リスクが大きい
すでに高値圏であるため、短期売買は下落局面に巻き込まれるリスクが高い。
◎円建て金は“円安リスク”が影響
円高に振れた場合、たとえドル建て金が上がっても、日本の金価格は下がる可能性がある。
長期保有の“分散資産”としては有力だが、「短期の利益狙い」には注意が必要。
金高騰の裏で業績を伸ばす業界・企業
金価格の上昇は、意外な企業や産業にも恩恵をもたらしている。
【貴金属リサイクル業界】“都市鉱山”が収益源に
都市鉱山(携帯・PC・家電など)からの金回収ビジネスが活況だ。
代表例:
・リバーホールディングス
・松田産業(金・銀の回収大手)
・エンビプロ・ホールディングス
金価格が高いほど収益が膨らむため、業績の安定性も増している。日本は電子機器の廃棄量が多く、金の回収効率が世界的に見ても高い。
【非鉄金属メーカー・素材企業】
金を扱う産業の中でも、とりわけ業績に影響するのが以下。
・三菱マテリアル(金地金・リサイクル・金加工の総合メーカー)
・DOWAホールディングス(リサイクル+非鉄精錬)
・田中貴金属工業(電子材料向け金の世界的企業)
特に三菱マテリアルは、日本でトップクラスの金地金販売量を誇り、価格上昇が業績に大きく寄与する。
【宝飾・加工産業】(高価格帯にシフト)
金高騰で一見不利に見える宝飾業界だが、高級路線への転換で業績を伸ばす企業もある。
・田中貴金属ジュエリー
・海外ハイブランド(カルティエ等)
→ 素材価格上昇を上乗せし、利益率を確保
富裕層向け市場は堅調で、高値が逆に“ステータス価値”を生んでいる。
【AI・半導体関連メーカー】
金の産業需要増加は、以下の企業群にも追い風。
・サーバー・半導体向け金めっき加工企業
・電子部品メーカー(村田製作所、京セラなど)
・コネクタ大手(日本航空電子、ヒロセ電機など)
“金は金融資産であると同時にハイテク素材”であり、その需要増はあまり注目されていない。
【採掘・金鉱株】
日本では少ないが、世界では金鉱株が上昇。
・ニューモント
・バリック・ゴールド
・アグニコ・イーグル
金が採掘できる限りは利益率が高まり、金価格の上昇が直結する。
金相場は「恐怖の指標」ではなく「世界秩序の鏡」へ
金の高騰は単なる安全資産需要ではない。むしろ、国家の資産戦略、地政学リスクの恒常化、AIなど新技術の実需、供給制約という“構造変化”が金価格を押し上げている。そして、金市場の変化は以下の業界にも波及している。
・貴金属リサイクル(都市鉱山)
・非鉄金属メーカー(三菱マテリアル等)
・半導体・AIサーバー
・高級宝飾
・世界の金鉱株
金相場は、世界の不確実性と新産業の成長を同時に映す鏡として、今後も経済の焦点に立ち続けるだろう。
今後も価格調整はあり得るが、構造的には上昇圧力が続く。投資するかどうかは個人のスタンス次第だが、「金は時代背景で値段が決まる」ことを理解しておくことが、いま最も重要だ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)











