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今から動き出さないと危ない…認知症で資産が凍結、高齢投資家が増える日本の懸念

2025.11.19 2025.11.19 00:35 企業

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●この記事のポイント
・高齢者の投資増加と認知症の拡大が重なり、証券口座が凍結され家族が資産を使えない事例が急増。介護費用を含む生活設計に深刻な影響が出ている。
・この課題に対応するため、マネックス証券や大和証券、一部地方証券が「認知症前に家族を代理人登録するサービス」を導入。事前契約が不可欠となっている。
・運用継続型や売却・出金型など各社で仕組みが異なり、家庭の事情に応じた選択が重要。資産凍結リスクを避けるには、家族で早期に備えることが求められる。

 日本ではいま、静かに、しかし確実に「高齢投資家の資産が使えなくなる」問題が深刻化している。人生100年時代となり、退職後の生活を支えるために積極的に投資を行う高齢者が増えた。NISAの拡大や銀行預金の低金利などが追い風となり、特に70〜80代でも株式投資や投資信託の運用を日常的に行う層は珍しくない。ところが、その一方で高齢者層の認知症リスクも増加の一途をたどっている。厚生労働省の推計では2025年に認知症患者が約700万人に達し、65歳以上の約5人に1人が認知症になるという。

 この二つのトレンドが交差したときに起きるのが、金融現場における“資産凍結”の問題だ。証券会社は、判断能力が不十分と見なされると、本人を保護するために取引を停止する。この対応は法的にも倫理的にも正しいが、現実には家族に深刻な影響を及ぼす。高齢の親が長年築いてきた株式や投資信託が突然すべて動かせなくなり、入院費や介護費用の支払いに充てたいのに資金を引き出すことができない。資産が十分にあるにもかかわらず、必要な支払いに困窮するという逆転現象が全国で相次いでいる。

●目次

事前に備えなければ利用できない「家族代理サービス」

「まさかこんなことになるとは思わなかった」という声は少なくない。多くの家族がこの仕組みを知らぬまま、認知症を迎えた後になって初めて問題に直面する。しかも、認知症の兆候が出始めてからでは、証券会社との新たな契約は締結できない。つまり、予防策は「本人が健康なうちに事前に手続きを済ませておく」以外に存在しないのだ。

 こうした社会背景を受け、近年、証券会社が新たな方向性のサービスを提供し始めた。高齢者本人が元気なうちに家族を代理人として登録しておき、将来的に認知症になった場合でも、家族が本人の資産を運用・管理できるという仕組みである。

 だが、この代理サービスには大きな前提条件がある。どの証券会社でも共通しているのは、「認知症発症前に本人が自ら契約しておく必要がある」という点だ。

「一度認知機能の低下が確認されると、合理的判断能力がないと見なされ、サービスの新規契約は一切認められなくなります。家族が申し出ても、証券会社側は本人の意思確認ができない限り契約を締結しません。つまり、これは“事前備え型”のサービスであり、『発症後の問題解決』ではなく『発症前のリスク管理』という位置づけです」(相続コンサルタントでファイナンシャルプランナーの田中真一氏)

 このサービスはすでに複数の証券会社が導入・検討を進めている。特徴的なのは、各社が異なるアプローチを取っている点だ。

「たとえばマネックス証券が提供する『たくす株』は、家族が代理人として本人の資産を受け取り、自分の口座へ移したうえで継続的に運用できる仕組みです。実質的には、家族側の口座に移すことで柔軟な取引を可能にします。その一方で、大和証券が準備を進めているのは、代理人が本人名義の口座のままで資産を売却し、その資金を必要に応じて出金できる方式。名義は動かさず、売却と資金管理に限定することでリスクを抑える考え方です」(同)

 さらに、一部の地方証券会社では、資産移管や取引範囲にそれぞれ独自の制約を設けた“家族支援型口座”を先行提供する動きもある。地域密着型の金融機関らしく、高齢者比率の高い地方ならではのニーズに対応した設計が目立つ。

 これらのサービスの共通点は、「本人を守るための制限」が導入されていることだ。例えば、代理人が取引できるのは本人がもともと取引可能だった資産に限定される。また、新たに購入する際の資金は、本人の資産の売却で得られた現金のみを使うというルールが採用されている。これは、家族による資産の過度な移動やリスクの大きい新規投資を防ぎ、悪用を抑えるための重要な仕組みである。

運用継続か、介護費の確保か…家庭の事情で“最適解”は異なる

 こうした代理サービスは、どの家庭にとっても万能ではない。むしろ、家庭の事情や資産状況によって「どのサービスが適しているか」は大きく異なる。

「高齢の親が日常的に積極的な運用を続けており、将来的にも一定の運用益を得たいという家庭であれば、柔軟な運用が可能なマネックス証券の仕組みは相性がよいでしょう。代理人が家族の口座で運用を続けられるため、投資スタイルを維持しながら資産を管理しやすいのが特長です。

 一方、資産を売却しながら介護費用や医療費に充てたいという家庭であれば、売却と出金に特化した大和証券型の仕組みのほうが使いやすいと考えられます。名義が本人のままであるため、相続時のトラブルも比較的起こりにくいですし、複数の家族が関わるケースでは、資産移管タイプよりも透明性が高いのがメリットです。

 地方証券のサービスは、本人と家族が同地域に住んでいる場合や、担当者と長期的に信頼関係を築いている場合に向いています。地域密着型ならではのきめ細かい対応は、認知症リスクに向き合ううえで大きな安心材料となります。

 ただし、どのサービスを選んだとしても、『家族間の事前共有』が不可欠です。代理人を一人に決めるということは、他の家族から不信感を抱かれるリスクもあります。せっかく備えの制度を整えても、家庭内の不和を生んでは意味がありません」(同)

 透明性を確保し、事前に情報共有しながら進めることこそが金融トラブルを避ける最善策だ。

成年後見制度では解決できない新しい社会課題

 高齢者の判断能力が低下した場合、法制度として用意されているのは「成年後見制度」である。しかし、実際にはこの制度への依存は年々課題視されている。手続きが煩雑で、家庭裁判所への報告義務があり、家族以外の専門職が後見人として選ばれるケースも多い。何よりも、後見制度では原則として“積極的な資産運用”は認められないため、高齢者の財産を守るという観点では強いが、柔軟な運用を必要とするケースには適合しない。

 こうした制度的な制約のなかで、「家族代理サービス」はこれまで存在しなかった“空白地帯”を埋める存在として役割が期待されている。事前に本人の意思を確認しておくことで、後見制度よりも柔軟で、かつ、悪用や過度な運用リスクを抑えられるバランスの良い仕組みになっている。

 認知症と金融資産というテーマは、社会の高齢化に伴い今後ますます重要性が増す。高齢者が投資を行うのは当たり前の時代になったが、その裏側で生まれている“資産の流動性喪失リスク”は、まだ十分に議論されていない。預金と違い、証券口座は本人の判断能力が不可欠であり、制度も市場も長寿化に追いつけていないのが現状だ。

いま必要なのは「家族の未来に備える金融リテラシー」

 認知症による資産凍結リスクは、ある日突然やってくる。投資歴が長く、健康で、資産も十分にある高齢者ほど、本人も家族も「自分は大丈夫」と思い込みがちだ。しかし、少しでも異変が見えてからでは遅い。証券会社がサービス提供を拒否するのは、本人を守るためであり、法的にも当然の対応である。

 だからこそ必要なのは、家族全体での早期の備えである。金融リテラシーというと投資商品や運用手法の理解に目が向きがちだが、高齢化社会では「資産が使えなくなるリスク」を理解することこそが重要な要素になる。投資の知識ではなく、人生設計の知識として家庭内で共有すべきテーマなのだ。

 各証券会社が代理サービスに乗り出しているのは、社会課題としての“高齢投資家リスク”を認識しているからである。今後、金融庁によるガイドライン整備や、代理権限の範囲拡大、成年後見制度との併用モデルなど、制度的な議論も進むだろう。だが、それを待っているだけでは間に合わない。すべてのサービスが「本人が元気なうちにしか契約できない」という性質を持っている以上、行動の遅れはそのままリスクの顕在化につながる。

 備えるのに早すぎることはない。むしろ、備えなければ守れない。高齢者本人が安心して暮らし、家族も介護や資産管理の不安から解放されるために、いまの日本社会には「認知症になる前に何をしておくべきか」という新しい金融常識が求められている。

 この問題は、高齢者がいる家庭だけの話ではない。40代・50代のビジネスパーソンにとっても、親の資産管理は近い将来ほぼ確実に直面するテーマであり、さらに自分自身にも訪れる可能性がある現実だ。だからこそ、当事者でなくても興味を持つべき社会課題であり、読者一人ひとりに関係がある。

 資産の凍結は、資産があるほど深刻だ。長年築いてきた財産を守り、必要なときに使える状態を維持するために、家族揃って未来に備える――その第一歩は、意外にも「証券会社の窓口に相談すること」から始まるのかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)