3千億ドル市場に日本参戦…3メガバンクが円建てステーブルコインを共同発行へ

●この記事のポイント
3メガバンクが円建てステーブルコインの共同発行へ。3,100億ドル超の世界市場でドル建てが9割を占める中、三菱商事200社超への導入や24時間B2B決済で対抗。金融庁は裏付け資産に国債保有を義務付け、円需要防衛と財政基盤維持を同時に狙う日本の経済安保戦略の全貌。
2026年1月末、羽田空港第3ターミナルの一角に「YES, YOU CAN PAY WITH USDC HERE」と書かれたパネルが設置された。訪日外国人旅行者がスマートフォンのウォレットアプリをかざすだけで、為替手数料なしに代金を支払う——その光景は、一見すると単なる新しい決済端末の導入にすぎないように映る。だが実際は、日本の金融構造を根底から揺さぶる「静かな革命」の幕開けに他ならない。
ステーブルコインとは、米ドルや円など法定通貨の価値に連動するよう設計されたデジタル通貨だ。ビットコインのような激しい価格変動がなく、24時間365日、スマートフォン一つで即時送金・決済が可能という特性を持つ。2025年10月、国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」が正式発行され、日本は名実ともに「ステーブルコイン元年」を迎えた。三菱UFJ、三井住友、みずほの3メガバンクも共同発行の準備を急ピッチで進めている。単なる「利便性向上」の話ではない。これは円の地位をめぐる、静かだが壮絶な国家戦略の一部である。
「羽田でのUSDC実験は象徴的な出来事です。インバウンド客にとって為替手数料ゼロは強力な訴求力を持ち、日本が国際的なデジタル決済ネットワークに接続される最初の窓口になりえます」(川﨑一幸氏/金融アナリスト)
●目次
- 世界の現状:米サークル社の躍進と3,200億ドルの巨大経済圏
- メガバンクの逆襲:QR決済を捨て「法人決済」に活路を見いだす
- 経済安保の深層:なぜ「金融庁」は背中を押すのか
- 展望と課題:世界で勝つための「次の一手」
- 既存ビジネスを「自ら壊す」覚悟5
世界の現状:米サークル社の躍進と3,200億ドルの巨大経済圏
まず世界の現状を把握しておく必要がある。2026年2月時点で、ステーブルコイン市場の時価総額は3,100億ドル超(約48兆円)に達した。テザー(USDT)が約1,836億ドルでトップ、米サークル(USDC)が約753億ドルで2位につける。合計でカテゴリ全体の83%を占める二強体制だ(CoinGecko調べ)。
なかでも注目すべきはサークルの急成長だ。2025年6月、同社はニューヨーク証券取引所に上場し、約12億ドルを調達。その後の株価は公募価格の6倍超まで急騰した。同年に成立した米国の「GENIUS法」(ステーブルコイン規制法)が追い風となり、機関投資家の信頼を一気に集めた。みずほ証券のレポートによれば、2026年に入りUSDCが取引量ベースでUSDTを初めて逆転し、調整後取引量の約64%を占めるに至っている。
ステーブルコインの覇権は、単なる民間ビジネスの話ではない。テザーは約970億ドル超の米国短期国債を保有するとされ、サークルも大量の米国債を裏付け資産としている。ステーブルコインの流通拡大は、米国債への需要を生み出す構造を持つ。つまりドル建てステーブルコインの普及は、米国の国債消化を助け、ドルの基軸通貨体制を強化する——米政府にとって一石二鳥の「金融外交」でもある。
〈データ〉
世界のステーブルコイン市場規模(2026年2月時点) USDT:約1,836億ドル USDC:約753億ドル 合計:約3,100億ドル超(出所:CoinGecko)
メガバンクの逆襲:QR決済を捨て「法人決済」に活路を見いだす
「〇〇Pay」の牙城は崩さない——だが、そこには罠がある
「PayPay」「楽天ペイ」「d払い」——国内個人向けQR決済市場は、IT大手が圧倒的なシェアを築き、事実上の飽和状態にある。ポイント還元競争も激化しており、今さら銀行系決済アプリが参入しても正面突破は難しい。メガバンクの経営陣もそれはよくわかっている。
だからこそ3メガバンクが目を向けたのは、「法人間(B2B)決済」という巨大なホワイトスペースだ。国内の企業間決済は依然として紙の振込や銀行の営業時間に縛られており、クロスボーダー送金ともなれば国際送金の手数料は送金額の数%に達することも珍しくない。日銀の調査では、標準的な国際銀行送金で200ドルを送金した場合、平均17.5%もの手数料が発生していた(SWIFT経由)。それがステーブルコインであれば、最短数秒・コスト1円以下での送金が技術的に可能だ。
3メガ共同発行という「異例の布陣」とProgmatの意義
三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクが手を組み、共同でステーブルコインを発行しようとしている——これは国内金融史上でも異例の連携だ。その技術基盤を担うのが、デジタル資産インフラを手掛けるProgmat(プログマ)である。同社には3メガバンクをはじめとする国内金融事業者が複数出資しており、信託型ステーブルコインの発行・流通基盤の構築を目指している。信託型の場合、裏付け資産は信託財産として厳格に分別管理され、利用者保護の水準が高い。
さらに注目すべきは三菱商事の動向だ。同社はProgmatを活用したステーブルコインの実証実験に参加し、グループ200社超の国内外拠点間決済への導入を視野に入れている。従来の拠点間送金は銀行の営業時間に縛られ、手続きの手間と手数料が重くのしかかっていた。ステーブルコインに置き換えれば、24時間365日の即時決済と大幅なコスト削減が同時に実現する。「グループ内の資金回転効率が劇的に上がる」と関係者は言う。
「メガバンクのステーブルコイン戦略の本質はB2B決済の置き換えにあります。法人間の国際送金市場は数百兆円規模です。ここを押さえれば、IT系Payとの消耗戦を避けながら収益機会を確保できる。信託型という法的枠組みも、機関投資家や企業の信頼獲得に有効です」 (同)
経済安保の深層:なぜ「金融庁」は背中を押すのか
日本政府・金融庁がステーブルコインの普及を後押しする背景には、単なる「フィンテック振興」を超えた、深刻な経済安全保障上の問題意識がある。
問題の核心は「ドル建てステーブルコインの国内浸透」だ。もし日本国内で円建てではなくドル建てのUSDTやUSDCが決済に使われるようになれば、円の需要は相対的に低下する。これは通貨の「デジタルな空洞化」だ。さらに深刻なのは、ドル建てステーブルコインの裏付け資産が主に米国短期国債であるという事実だ。ドル建てSCが普及すれば、日本国内の資金が間接的に米国債に流れる構造が生まれ、日本国債の潜在的な需要減退リスクが浮上する。
日本国債はその大部分を国内機関投資家が吸収しており、需要の安定が財政運営の生命線だ。デジタル通貨の普及という一見技術的なトレンドが、実は国家の財政基盤そのものに影響しうる——金融庁がステーブルコイン法制(2023年施行の改正資金決済法)を整備し、円建てSCの発行環境を早期に整えたのは、まさにこの危機感からだ。
同法では、銀行・資金移動業者・信託会社のみが発行者となれると定め、裏付け資産に円建て預金・国債の保有を義務付けた。アルゴリズム型(無担保型)の発行は認められない。JPYCは裏付け資金の8割を国債に充てている。つまり「日本円ステーブルコインの発行=日本国債の需要創出」という構造を、法律が作り込んでいるのだ。これは通貨発行権を民間に開放しながら、国家の財政基盤と「円の経済圏」を守るための、精緻な設計である。
「改正資金決済法における裏付け資産規制は巧妙な設計です。ステーブルコインの流通量が増えるほど国内国債需要が高まる仕組みになっている。政府がSCの普及を促す経済的インセンティブが制度的に埋め込まれています」(同)
展望と課題:世界で勝つための「次の一手」
先行するJPYCと「3年で10兆円」の勝算
フィンテック企業として国内初の発行ライセンスを取得したJPYC株式会社は、2025年10月の正式発行からわずか3カ月余りで累計発行額13億円(2026年2月時点)を突破。月次平均約69%という急成長を記録している。同社は「3年間で1兆円発行」を目標に掲げており、足元の金利水準でこれが実現すれば約50億円の金利収入が見込める。資金回転率も発行残高の100%を超えており、「眠る資産」ではなく「動き続ける資金」として機能していることが数字に表れている。
ソニー銀行はJPYCと基本合意書を締結し、ゲーム・音楽・映画といったソニーグループのエンタメ事業決済への活用を構想。JR西日本イノベーションズもJPYCに出資するなど、金融の枠を超えた産業連携が動き始めている。
「国内完結」では勝てない——アジア、そして世界へ
しかし課題も多い。JPYCが登録する第二種資金移動業では、1回当たり100万円の送金上限が設けられており、企業間の大口決済には制約が残る。信託型メガバンクSCが実際に発行・流通するには、Progmatへの金融庁認可と市場参加者の拡大が前提となる。電子決済手段等取引業者も現状ではSBI VCトレード1社のみだ。
より本質的な課題は「グローバル展開」だ。ドル建てステーブルコインが世界の90%超のシェアを握る現実の中で、円建てSCが日本国内だけで完結していては「鎖国」と変わらない。アジアの貿易決済や越境EC、海外在住日本人への送金など、クロスボーダーのユースケースを取り込んでこそ、円建てSCに真の存在意義が生まれる。三菱商事が目指すグループ内クロスボーダー決済への導入は、まさにその第一歩だ。
既存ビジネスを「自ら壊す」覚悟
メガバンクにとって、ステーブルコインの普及は諸刃の剣でもある。決済手数料・送金収入という既存の収益源を自ら侵食するリスクを内包している。それでも3メガバンクが共同でステーブルコイン発行に踏み出そうとしているのは、「壊さなければ、他者に壊される」という危機意識に他ならない。
ドル建てステーブルコインが国内決済を席巻する未来が来れば、メガバンクの存在感は失われ、円の経済圏そのものが空洞化する。それを防ぐための「攻めの保守」が、今まさに動き出している。2026年は単なる新決済手段の普及元年ではない。デジタル資産時代における「日本円の生き残り」をかけた、静かな、しかし壮大な国家戦略の始まりである。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=川﨑一幸/金融アナリスト)











