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エヌビディア「技術無償公開」の衝撃…半導体王者の禁断の一手と中国勢の現実的脅威

2025.12.27 2025.12.27 06:14 企業
エヌビディア「技術無償公開」の衝撃…半導体王者の禁断の一手と中国勢の現実的脅威の画像1
エヌビディア本社(「Wikipedia」より)

●この記事のポイント
・エヌビディアが最新AI技術を無償公開。王者の戦略転換は、中国勢の台頭と「クローズド支配」の限界を映し出している。
・トランプ政権の対中輸出解禁は恩赦ではなく現実対応だった。米中政治と中国の国産化政策が、エヌビディアの成長を縛る。
・技術無償化は生存戦略か覇権維持か。AI半導体市場は性能競争を超え、オープン化と政治を巻き込む消耗戦へ突入した。

 半導体業界の絶対王者、NVIDIA(エヌビディア)が異例の決断に踏み切った。同社は2025年12月、最新AIモデル群「Nemotron-3」に関連する要素技術を無償で公開すると発表した。GPUという圧倒的なハードウェアと、CUDAを核とする独自ソフトウェア基盤を“囲い込み”の武器としてきたエヌビディアにとって、これは戦略の大きな転換を意味する。

 なぜ今、技術を「無料」にするのか。背景には、同社がもはや技術的優位だけでは市場を支配し続けられない局面に入ったという現実がある。

 元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏は次のように指摘する。

「Nemotronの無償公開は余裕の表れではありません。むしろ、クローズド戦略だけではAIエコシステムを維持できなくなったという危機感の裏返しでしょう。エヌビディアは初めて“守りのオープン化”を選んだといえます」

●目次

中国オープンAIの台頭が揺さぶる「エヌビディア前提」

 AI開発の現場では、静かな地殻変動が起きている。中国発のDeepSeekや、アリババの「Qwen」など、高性能かつオープンソースのAIモデルが急速に存在感を高めているのだ。

 これらのモデルは、最先端GPUがなくとも一定の性能を発揮し、世界中の研究者やスタートアップに急速に広がっている。AI開発の前提が「最高性能のGPU」から「効率的なモデル設計」へと移りつつあることを示している。

「これまでAI開発は“エヌビディアを前提にした世界”でした。しかし今は、必ずしも最高性能GPUを使わなくても競争力のあるAIが作れるという実例が出始めています。これはエヌビディアにとって構造的な脅威です」(岩井氏)

 こうした状況下で決定されたのが、トランプ政権下におけるエヌビディア製GPU「H200」の対中輸出解禁だった。一見すると、エヌビディアにとって追い風のように見えるが、実態はより複雑だ。

 米政府が直面していたのは、「売らなければ中国は自前で作る」という現実である。象徴的なのがファーウェイの動きだ。同社はGPUやAIアクセラレータ関連の特許出願数を過去5年で約10倍に増やし、量的にはすでにエヌビディアを上回る勢いを見せている。

 岩井氏は、輸出解禁の本質をこう分析する。

「H200解禁は譲歩ではなく、これ以上締め付けても逆効果だという判断です。完全遮断すれば、中国は“エヌビディア非依存”を加速させる。ならば、一定の依存関係を残した方がまだ管理できるという発想です」

「解禁」でも売れない? 中国政府の“エヌビディア包囲網”

 しかし、米政府が輸出を認めても、それがそのまま売上に直結するとは限らない。最大の壁は、中国政府自身の産業政策だ。

 中国ではデータセンターや政府系プロジェクトにおいて、国産チップの使用を推奨・事実上義務付ける動きが強まっている。特に国有企業では、ファーウェイ製チップの採用が“暗黙の前提”になりつつある。

 結果としてエヌビディアは、「米国からは売れと言われ、中国からは買うなと言われる」という板挟みの立場に置かれている。

 市場関係者はこう見る。

「中国市場が完全に戻ることは考えにくい。仮に輸出できても、かつてのようなシェアを回復するのは現実的ではありません」

 この厳しい環境下で、エヌビディアが選んだ生存戦略が「技術の無償公開」だ。Nemotron関連技術を開放する狙いは明確で、開発者を“エヌビディア環境”に縛りつけることにある。

 ソフトウェアを無料にしても、それを動かすGPUやサーバーが売れれば収益は確保できる。これは、OSを無償提供してハードで稼ぐ、あるいはクラウド利用を拡大させる、プラットフォーマー型ビジネスの王道でもある。

 岩井氏は次のように解説する。

「ファーウェイは年間3兆円規模の研究開発費で、ハード・ソフト・クラウドを一体化させています。エヌビディアが対抗するには、クローズドな独占よりも“使われ続ける前提”を作るしかない」

トランプ政権との「蜜月」が招く“脱エヌビディア”の加速

 一方で、この戦略は新たな火種も生む。トランプ政権との接近や中国ビジネス継続は、米国内のテック大手から「抜け駆け」と受け取られかねない。

 実際、グーグルは自社開発チップ「TPU」を急速に進化させ、AI開発の内製化を進めている。Metaも同様に、エヌビディア依存を下げる動きを強めている。

「皮肉なことに、エヌビディアの支配力が強すぎたために、米国内で“脱エヌビディア”の動きが正当化されている。これは長期的なリスクです」(同)

 技術の無償公開は、エヌビディアが追い込まれている証拠なのか。それとも、新たな覇権の布石なのか。答えはまだ見えない。

 ただ一つ確かなのは、AI半導体市場が「性能競争」だけでは語れない段階に入ったという事実だ。米中政治、オープンソース戦略、クラウド覇権――それらが絡み合う中で、2026年以降の市場は消耗戦の様相を強めていく。

 王者エヌビディアは今、初めて「守りながら戦う」局面に立たされている。その選択が覇権の延命となるのか、それとも転落の序章となるのか。半導体業界は、歴史的な転換点を迎えている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)