半導体製造装置「スーパーサイクル」は本物?東京エレクトロン・SCREEN絶好調の裏側

●この記事のポイント
・生成AIの急拡大と世界的な半導体工場新設ラッシュにより、装置需要が全方位で増加。東京エレクトロンやSCREENなど日本勢は世界的寡占を背景に、かつてない「スーパーサイクル」の中心に立っている。
・AI向け半導体は工程数が増大し、露光・エッチング・洗浄・検査・パッケージングの全てで装置需要が拡大。研究者・元技術者も「構造的に装置が増える時代」と指摘し、日本メーカーの強みに直結している。
・AI投資の調整や米中対立、中国の装置国産化などリスクは存在するが、日本勢は技術・実績・信頼で優位を確保。最先端プロセスと後工程強化、グローバル体制整備が「次の10年の地位」を左右する。
2024年以降、東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった日本の半導体製造装置メーカーが決算説明会で口をそろえて語り始めたのが、「スーパーサイクル(超景気循環)」という言葉だ。
7〜9月期決算では、東京エレクトロン、アドバンテスト(半導体検査装置)、ディスコ(切断・研磨装置)、SCREEN(洗浄・コータデベロッパなど)といった日本勢は軒並み過去最高益に迫る利益を記録した。いずれも受注残、出荷額が高水準を維持し、「まだ伸びる」という見通しを示している。海外でもASML、ラムリサーチなど世界大手の絶好調が続く。
ポイントは、どの企業も「いまは序章にすぎない」と強調している点だ。彼らが見ている未来の需要拡大は、従来のPC・スマホに支えられたサイクルとはまったく質が異なる。
果たして何が起きているのか。本当にスーパーサイクルに突入したのか。そして、日本メーカーはどこまで勝ち切れるのか。
●目次
- 半導体製造装置は“21世紀の石油”を作る機械
- 「スーパーサイクル」とは何か
- AIブームはなぜ装置を押し上げるのか
- 日本勢はなぜ強いのか
- 最大のリスクはAIバブル崩壊と中国の台頭
- スーパーサイクルは本物か
- 日本の装置メーカーは“世界のインフラ”になれるか
半導体製造装置は“21世紀の石油”を作る機械
半導体とは、AI、クラウド、自動車、スマホ、家電、工場設備など「あらゆる電子機器の頭脳」だ。その製造は、数百もの工程で構成され、原子レベルで物質を削り、積み重ね、洗浄し、検査する精密な作業の連続である。
主な工程は、以下のように整理できる。
・露光(光で回路を焼き付ける)
・エッチング(余計な部分を削る)
・成膜(ナノレベルの膜を作る)
・イオン注入(電気特性を変える)
・洗浄(異物除去、歩留まり確保の要)
・検査、計測(正常に動作するかを確認)
・ダイシング、研磨(後工程でウエハからチップを切り出す)
これら全工程に専用の装置が必要で、1台数億〜数百億円。しかも、分野ごとに2〜3社しか供給できない寡占状態にある。露光ならASML、エッチングならラムリサーチや東京エレクトロン、洗浄はSCREEN、検査はアドバンテスト、切断・研磨はディスコという具合だ。
つまり、世界の半導体産業は、極めて少数のメーカーの技術によって成り立っている。
「スーパーサイクル」とは何か
半導体産業は景気の波が激しい。スマホの販売が落ち込めば投資が止まり、在庫調整で前年の半分以下になることも珍しくない。しかし、今回語られている「スーパーサイクル」は別物だ。
特徴は次の3点に集約される。
(1)複数の巨大需要が同時多発している
・AI向けGPU(NVIDIA、AMD)
・ハイパースケーラーの自社チップ(Google、AWS、Metaなど)
・自動運転・EVの半導体
・5G/6G、IoT、ロボット
・国家戦略による半導体工場新設(米・欧・日・韓・台湾)
これらが一斉に立ち上がるケースは歴史上例がない。
(2)AIチップの製造工程が“異常に複雑”
AI向けロジックは微細化(3nm〜2nm級)と積層化が進み、1枚のウエハが装置を出入りする回数が従来比で2〜3割増える。
(3)各国が半導体工場を自国内に囲い込んでいる
地政学リスクの高まりを背景に、各国が巨額の補助金で製造拠点を誘致。「世界中で一斉に工場が建つ」という異例の状況が続いている。
装置メーカーからみれば、これ以上ない“全方位需要”が発生しているのが現在だ。
AIブームはなぜ装置を押し上げるのか
AIモデルの進化は計算量の指数関数的増大を意味する。より高速に、より多くのデータを処理するために、GPUや専用AIチップの性能は年々跳ね上がる。
結果として必要になるのが、最先端プロセス、多層化・チップレット化、HBM(高帯域幅メモリ)の大量供給、である。これらは全て、工程数の増加=装置需要の増加に直結する。元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏は次のように語る。
「最先端AI半導体は、もはや“作るのが難しすぎる半導体”と言ったほうが近い。微細化に加え、3D積層や複雑な配線構造、高密度の電源・放熱設計が絡み合うため、工程数はこれからさらに増える可能性があります。
工程が増えるということは、露光・エッチング・成膜・洗浄・検査のすべてで装置が必要になるということです。特に歩留まりを上げるため、高度な洗浄装置や検査装置の追加導入が進みやすく、全方位的に装置需要が押し上がる構造的な追い風になっています。AIが続く限り、装置メーカーの高水準の受注は簡単には終わりません」
研究者の視点から見ても、AIは単なる一時的需要ではなく、構造的な工程増加を引き起こしているのが特徴だ。
日本勢はなぜ強いのか
日本企業は装置分野で世界的な高シェアを誇る。東京エレクトロン、SCREEN、アドバンテスト、ディスコが代表例だ。その強みは大きく3つある。
(1)技術の奥行き
装置開発には材料、精密制御、流体解析、光学、ソフトウェアなど複数分野の複合技術が必要。日本企業はこれらを積み重ねてきた。
(2)歩留まり改善に貢献する信頼性
装置は「壊れないこと」が極めて重要。歩留まりが1%落ちれば数億円単位の損失になる世界で、日本製装置は“止まらない”品質が評価される。
(3)半導体メーカーとの長年の共同開発
プロセス技術は装置と一体で最適化されるため、採用企業との相互依存関係が強い。日本勢は長年の実績が強みだ。
「装置開発の“本当の難しさ”は、技術よりも“実績”です。半導体メーカーは、工程の一部でもトラブルが起これば数百億円規模の損失になるため、装置を簡単に切り替えません。
例えばエッチング装置一つとっても、装置の中でのガスの流れ、温度、電力供給、プラズマの状態などを完全に再現できなければ、同じ性能は出ません。だから、メーカーは“過去の世代で使った装置”を次の世代でも優先的に選ぶ傾向が強い。
この“継続採用の文化”があるため、東京エレクトロンやSCREENのように実績を積み上げた企業には、長期的な受注が入り続けます。技術だけでなく、実績そのものが参入障壁です」(岩井氏)
技術だけでなく「スイッチングコスト」こそが、日本勢の強みでもあるという指摘だ。
最大のリスクはAIバブル崩壊と中国の台頭
(1)AI投資の減速
生成AIブームの過熱感は否定できず、収益化が進まない、GPUの供給過剰、モデル効率化による計算量削減、といった理由で投資が一時的に減速する可能性がある。ただし「ゼロになる」ことは考えにくい。AIは企業業務・自治体・産業用途へ確実に広がっているため、投資のベースラインは高止まりしやすい。
(2)米中対立と中国の国産化
中国は装置の最大市場だが、米国の規制により最先端装置の輸入が制限されている。その結果、成熟プロセス装置の駆け込み需要、中国企業による装置国産化の加速、が同時に進んでいる。短期的には追い風だが、長期的には代替リスクもある。
このスーパーサイクルの中で、日本メーカーは以下の3方向で戦略を固めつつある。
①最先端プロセス領域の継続強化
3nm→2nm→1.4nmと進む微細化に対応できる装置は限られる。最先端世代に食い込めれば、次の世代でも採用され続ける。
②先端パッケージング(後工程)への本格進出
AI時代はチップレット化・HBM化が不可避。その切断・研磨・積層など、日本勢が得意な領域が伸びている。
③グローバル拠点とサプライチェーンの最適化
各国で工場建設が進むため、装置メーカーも生産拠点や部品供給網を多拠点化し、地政学リスクに備えている。
スーパーサイクルは本物か
●シナリオA:本格スーパーサイクル継続
・AI需要が持続
・自動車向け半導体が高度化
・世界各地で工場建設が続く
最も楽観的なケースで、日本勢は長期の成長を享受。
●シナリオB:AI投資の調整を挟みつつ再加速
・短期的に投資減速
・普及が進み産業用途で再加速
装置メーカーにとっては「小さな波」を乗り越える局面。
●シナリオC:米中分断の加速、中国の装置国産化
・市場が米国圏と中国圏に二分
・中国向け輸出が縮小
リスクはあるが、「米欧日韓台」の巨大需要は維持される可能性が高い。
日本の装置メーカーは“世界のインフラ”になれるか
半導体製造装置のスーパーサイクルは、「AIによる計算需要の爆発」と「世界中で同時に進む工場建設ラッシュ」が重なった結果、過去に例のない規模で発生している。
日本勢は、技術・実績・信頼の3点で世界トップの座を固めており、この巨大サイクルの中心にいる。
しかし、AI投資の過熱の反動、中国の国産化、米中対立といった構造リスクも待ち受ける。重要なのは、短期の好況に浮かれるのではなく、最先端プロセスへの投資維持、後工程や周辺領域への拡大、グローバルな供給網・サービス体制の強化を通じて、“インフラ企業”としての存在感を固めることだ。
今回のスーパーサイクルは、単なる追い風ではなく、日本の装置メーカーが「次の10年の立ち位置」を決める決定的な時間となるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)










