足元で、三菱重工の航空機事業の展開が読みにくくなっている。まず、開発中である「三菱リージョナルジェット(MRJ)」(6月17日、名称を「三菱スペースジェット」に改めると発表)については、すでに納入時期が5回延期された。今後の展開も予断を許さない状況のようだ。その一方、同社は米国向けの70席クラスの機種を開発すると発表した。さらに同社は、カナダのボンバルディア社から小型ジェット旅客機事業を買収しようとしていると報道された。航空機事業への展開意欲はかなり強いと見られる。
航空機分野に詳しい専門家のなかには、「三菱重工が航空機メーカーとして自前主義にこだわりすぎる」と指摘する声もある。そうした指摘の背景には、世界各国から必要な人材やテクノロジーを積極的に取り入れるべきとの考え方がある。
MRJの納入が遅れていることは確かだが、米国では、航空会社とパイロットの労使間交渉の影響から70席クラスの旅客機への需要が見込まれている。三菱重工がそうしたニーズの変化をうまくとらえ、外部のノウハウなどを積極的に使ってMRJの開発を加速させることができるか否かが当面の注目点だろう。
政府主導による航空機開発
もともとMRJは“国策航空機”として開発が進められた。具体的には、経済産業省が「環境適応型の高性能小型航空機研究開発」プロジェクトを推進したことが始まりだった。政府としては、航空機や宇宙産業におけるイノベーションの発揮を目指した。この背景には、国産の航空機の開発は民間企業に任せるにはリスクが大きく、官民の連携によって進めたほうが適切との発想があった。MRJが“日の丸航空機”と呼ばれるゆえんだ。
政府主導の開発は、MRJプロジェクトの運営に無視できない影響を与えている。「MRJは“純”国産のジェット旅客機として、日本の技術力を結集して生み出されるべき」との認識が、三菱重工をはじめとする関連企業に浸透している。日本企業の創意工夫や技術力を生かして新しいプロダクトを生み出すという点においては、それなりの意義はあるだろう。
ただ、MRJプロジェクトは、あまりに国内のモノや発想にこだわりすぎた面がある。もっと柔軟な発想の下、開発を進める選択肢もあった。1950年代には国産機であるYS-11の開発が進められた。しかし、それに次ぐ民間航空機の開発は行われなかった。航空機開発の経験に乏しい日本の企業にとって、90人乗りのリージョナルジェットをゼロから自前で開発することはハードルが高い。時間がかかるのは当然との見方もできる。
本来であれば三菱重工は米国の技術者などを登用して、プロジェクト・マネジメントのレベルから最も合理的と考えられる発想を取り込む選択肢もあったはずだ。ところが、国主導でのプロジェクトであるという認識や、“国産”へのこだわりがそうした考えを妨げた。また、日本の防衛機器を手掛ける三菱重工ならではの経営風土も、自前主義への傾倒を強める要因だった。
民間企業の活力の重要性
一方、日本にはすでに実用化された航空機がある。それは、本田技研工業(ホンダ)が生み出した「ホンダジェット」だ。ホンダは、三菱重工のように大きな組織の下で航空機開発を進めることはしなかった。少人数からなる社内プロジェクトとしてホンダジェットの開発に着手した。まず、1986年にホンダは若手社員を米国に派遣し、最先端の航空機理論や飛行機設計の実務を学ばせた。それを基礎として、同社エンジニアの独自の発想によってホンダジェットの開発を進めた。特に、米国でホンダのエンジニアが、基本的な航空機の設計を学んだこと、ベテランの航空機エンジニアの下で航空機設計などを進めたことがホンダジェット誕生の礎になった。
2003年にホンダジェットは初飛行を行い、2015年にはじめての機体を納入した。2017年と2018年、ホンダジェットは世界の小型ビジネスジェット機の納入機数において2年連続でトップの座を確保した。
国のバックアップを得たMRJとは対照的に、ホンダジェットは新しいモビリティ(移動の可能性)を実現しようとするアニマルスピリットに支えられた。国と異なり、民間企業は採算を重視し、利益を生み出さなければならない。資金源にも限りがある。その状況がホンダのエンジニアを駆り立て、ホンダジェットの誕生につながった。
また、ホンダジェットの国内納入により、日本と海外を結ぶ“新しい動線”が引かれたことも見逃せない。ホンダジェットはビジネスジェットのチャーターに活用されている。このサービスは、定期便が就航していない空港へのフライトを可能にし、乗り換えなどにかかる時間を節約することもできる。民間企業が新しいモノを使って新しい取り組みを進めることが、従来にはない人々の移動を支えると同時に、規制の緩和などを進めることにもつながる。そう考えるとMRJの成功は非常に重要である。
三菱重工の自前主義からの脱却
MRJの成否は、三菱重工が自前主義の発想を変えられるか否かにかかっているかもしれない。 三菱重工は航空機メーカーへの飛躍を目指している。同社の経営陣が事実を冷静に認識し、ビジネスモデルの転換に必要な資源(ヒト、資材・パーツ、テクノロジー)を世界から集め、機体の設計や開発に使っていくことを考えればよい。
三菱重工がカナダのボンバルディア社のリージョナルジェット機事業の買収交渉を進めていることは重要だ。突き詰めて言えば、日本にはまだリージョナルジェット機を自前で生産し、整備を行うノウハウがない。ないものは、調達するしかない。
同時に、三菱重工は海外の専門家を登用するなどして、組織の外の経営資源を上手く使うことを考えるべきだ。その上で同社は、MRJの納入と新型機種の開発が着実に進行していることを、株主などの関係者に明確に示すべきだ。
度重なる納入延期を受けて、一部の顧客はMRJの購入をキャンセルした。過去3年間、三菱重工はMRJの新規受注を獲得できていない。一方、ブラジルのエンブラエル社は米ボーイングの傘下に入り、リージョナルジェットの販売力を引き上げている。競争が激化するなかで納入がさらに遅れると、三菱重工のプロジェクト・マネジメント力だけでなく、経営管理体制が問われかねない。
三菱重工が過去の反省をもとにして実用に耐えうる機体を開発できれば、日本の産業にも大きな効果が期待できる。何よりも、新しいことにチャレンジし、それを実現する人々の姿は、多くの企業に刺激を与える。それは、イノベーションの発揮を目指す企業が増え、日本経済のダイナミズム向上につながるだろう。そのためにも、三菱重工が限られた時間を有効に使い、MRJの納入を実現することを期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)