人権をめぐって欧米諸国と中国が激しく対立している。欧米諸国は3月22日、新疆ウイグル自治区での人権侵害を理由に中国に対して制裁を発動した。EUは中国、北朝鮮、ロシアなど個人11人と4団体を制裁対象としたが、このなかには新疆ウイグル自治区の人権問題に関連する中国政府の要人4人が含まれている。EUは米国と違い、これまで中国との対決を避けてきたが、1989年以降初めて制裁というカードを切ったのである。これを受け米国もEUが制裁を科した中国政府要人4人のなかでこれまで制裁対象としていなかった2人を新たに追加した。英国やカナダもEUと同様に中国要人4人を制裁すると発表した。
これを受け、中国はただちにEU側の要人10人と4団体を制裁することを決定した。中国政府は24日、米国の人権侵害の実態を指摘した「2020米国人権侵害報告書」を公表した。中国は1999年から米国の人権に関する年次報告書を出しているが、2019年からは「米国人権侵害報告書」という名称を用いている。この報告書のなかで中国は「世界が一丸となって新型コロナウイルスに対応すべきときに、米国は制裁の棒を振り回しながら世界の安定を脅かすトラブルメーカーとなった」と非難している。
人権問題をめぐる対立は経済の分野にも波及し始めている。EUと中国による制裁の応酬が始まったことで、昨年末に双方が合意した包括的投資協定(CAI)の欧州議会での承認が遠のいてしまった。欧州議会の第2会派である社会民主進歩同盟は、「EUに対する中国の制裁解除がCAIの条件だ」と主張しているからだが、欧州議会の議員は党派にかかわらず、以前から中国の強制労働問題に懸念を表明しており、CAI承認前に「中国は強制労働に関する国際労働機関(ILO)条約を批准すべきである」との意見が出ていた(3月24日付ロイター)。
一方、中国のソーシャルメディアでは25日、外国の小売ブランドに対する批判が広がった。スウェーデンのファストファッション大手H&Mが、新疆ウイグル自治区における強制労働に深い懸念を表明した過去の声明が、やり玉に挙げられたのが発端である。スポーツ用品大手の米ナイキや独アディダスなども標的となっている。
習近平指導部はグローバルな世論よりも力の誇示を優先している印象が強いことから、人権をめぐる欧米諸国と中国との対立を契機に「ハイテク貿易や投資、資本市場へのアクセスという分野でデカップリング(切り離し)が大きく広がる恐れがある」との懸念が生じている(3月24日付ブルームバーグ)。
気候変動問題での協調
このような状況のなかでわずかな望みは、気候変動問題での協調である。中国とEU、カナダが主催する「第5回気候行動に関する閣僚会合」が23日、オンライン形式で実施された。会合にはケリー米大統領特使も出席した。バイデン政権発足後に米中の気候担当代表が公の場で顔を合わせるのは初めてである。中国の代表は「地球温暖化対策の国際的枠組み(パリ協定)への米国復帰を歓迎する。米国の指導力発揮に期待する」とエールを送った。米中両国は人権などをめぐって対立しているものの、気候変動問題では連携を探る姿勢を確認したかたちとなった。
バイデン政権において、人権派の筆頭はブリンケン国務長官、環境派の筆頭はケリー特使である。ケリー氏はオバマ政権時代の国務長官であり、ブリンケン氏のかつての上司だった民主党の重鎮である。両者の力関係は今のところ不明だが、「米国内の世論や民主党で勢力を伸ばす左派の意向を踏まえると人権問題が優先されるのではないか」との見方がある(3月26日付Wedge)。
米国内での環境問題に関する意識の高まりを受けて、米国太陽光エネルギー産業協会(SEIA)は16日、「米議会が昨年末に太陽光発電設備に対する26%の税額控除を延長したことを追い風に、米国内の太陽光発電の設備容量は2030年までに現在の4倍に増加する」との見通しを示した。昨年までに導入済みの設備容量は約100ギガワットだが、2030年までに424ギガワットになるという。424ギガワットは全米の世帯の5割以上の電力需要を満たすのに十分な量である。
米中の対立が泥沼化
意気軒昂な太陽光発電業界だが、「不都合な真実」も明らかになりつつある。太陽光パネルに使われる部材の主要生産地が新疆ウイグル自治区であることが米国内で広く知られるようになってきているからである。太陽光エネルギーを電気に変えるために不可欠なポリシリコンの世界の供給量の半分が、新疆ウイグル自治区の工場で生産されている。
米国最大の労働組合である米労働総同盟産別会議はバイデン政権に対し、新疆ウイグル自治区で生産されるポリシリコンを含む太陽光関連製品の輸入を禁止するよう求めている(3月17日付ブルームバーグ)。新疆ウイグル自治区で生産されるポリシリコンが安価な石炭火力発電に依存していることも、バイデン政権の環境政策にとって望ましくない。
米共和党のルビオ、民主党のマークリー両上院議員は23日、新疆ウイグル自治区での強制労働でつくられた太陽光関連製品に米国がどの程度依存しているかを示すよう、SEIAに要請した。これに対しSEIAの幹部は「両議員の懸念を共有している」とした上で「米太陽光エネルギー企業に今年6月までに新疆ウイグル自治区から完全に撤退するよう求めている」と述べた(3月23日付ロイター)。
このようにバイデン政権の環境政策は、中国への「ジェノサイド(大量虐殺)」批判と相容れないようだ。米中の対立がどこまで深刻化してしまうかわからなくなっている。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)