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東京科学大学病院、富士通→IBMに切り替えたシステムで大規模障害、なぜ?

2025.03.02 2025.03.02 14:00 企業
東京科学大学病院、富士通→IBMに切り替えたシステムで大規模障害、なぜ?の画像1
写真は名称変更前の旧・東京医科歯科大学病院(「Wikipedia」より/Kakidai)

 東京科学大学病院(旧・東京医科歯科大学病院)が総合医療情報システムを更新し、1月1日から新システムを本格稼働させたが、その直後からシステム障害に伴い外来診療・入院手続き・初診の対応・会計処理で遅延が生じるなど、広い範囲で業務に影響が発生。病院はBusiness Journalの取材に対し「会計処理に時間を要しており、後払いをお願いしています。(原因については)調査中です。原因は一つではない」と説明する。今回の更新に際しては開発担当のベンダーが従来の富士通Japanから日本IBMに切り替えられた点や、日本IBMへの発注金額が約66億円に上るとみられる(ジェトロ<日本貿易振興機構>「政府公共調達データベース」より)点も注目されている。システム更新に伴い広い範囲で業務に影響が出る場合、一般的には、どのような原因が考えられるのか。また、病院のシステム開発には特有の難しさがあるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 2023年10月にERセンター・手術室・ICUなどの機能を強化するC棟を本格稼働させ、東京医科歯科大学と東京工業大学の大学統合に伴い昨年10月に東京医科歯科大学病院から名称を変更した東京科学大学病院。約800の病床数を擁し、診療科・部・センター等は40以上に上り、東京都および周辺地域の医療を担う重要な存在でもある日本有数の総合病院だ。

 近年では一定規模以上の医療機関では、電子カルテや患者の各種情報・文書、診療・入院・会計処理に関する業務などを統合管理・運用するシステムの導入が進んでいるが、東京科学大学病院も以前から最先端の医療情報システムの開発に取り組んできた。そんな同病院の総合医療情報システムの更新で、なぜ大規模な障害が起きたのか。大手SIerのシステムエンジニアはいう。

「一般論として、大規模なシステムの開発ではリリースに際してまったく障害や不具合が生じないというケースのほうが少ないですし、それによって業務に影響が出てしまうというのは想定範囲内のことです。とはいえ、公表されている情報を見る限り、今回の東京科学大学病院の例についていえば、業務への影響は通常よりも大きいという印象を受けます。病院のシステムというのは、一般企業のものと比較して少し特殊な面が多く、開発には専門的な知見が必要となるのに加え、同病院は非常に規模が大きく、当該システムは多岐にわたる部門・業務に関係するため、現場レベルでの業務プロセスの変更も発生していたと思われ、非常に難易度の高いプロジェクトであったと推察されます。

 また、担当ベンダーが富士通から日本IBMに変更となっている点も気になります。大規模なシステムほど担当ベンダーの切り替えというのは労力がかかり、かつ非常にリスクが伴うため、既存ベンダが継続して担当するというのが自然な流れですが、病院関連システムの開発実績やコストなどの面で日本IBMが富士通より高い評価を得たのかもしれません」

 日本IBMは自社製品としてIBM CIS+という電子カルテシステムを提供しており、医療機関向けシステム開発で豊富な実績を持っている。

医療機関とベンダー間の係争事例

 システム開発をめぐって、医療機関と開発委託先ベンダーの間で生じた係争が訴訟に発展するケースもある。NTT東日本が旭川医科大学に契約を解除されたため開発費用を受け取れなかったとして旭川医大に損害賠償を求めて提訴し、2017年、札幌高裁が旭川医大に100%の責任があるとして約14億1500万円を支払うように命じた(旭川医大は判決を不服として最高裁に上告したが、受理されず)。旭川医大がNTT東日本に対して再三にわたり追加開発を要求したことがプロジェクトの遅延と頓挫の原因となったとされる。

 今回のケースと同じく委託先を富士通から日本IBMに切り替えたシステム開発をめぐり、係争が生じている事案としては、NHKの受信料関係業務全般を支える営業基幹システムの刷新案件があげられる。当サイトは2月16日付記事『NHKに提訴された日本IBMの反論が生々しい…仕様書に記載ない仕様が満載』でその内容を報じていたが、以下に再掲載する。

――以下、再掲載――

 NHKがシステム開発を委託していた日本IBMに対し、開発の遅延による契約解除に伴い計約55億円の代金の返還と損害賠償を求めて東京地裁に提訴した係争事案。NHKは、日本IBMが開発の途中で突然、NHKに対して大幅な開発方式の見直しと納期遅延を要求したと主張しているが、これに対し日本IBMは7日、以下のリリースを発表して反論したことがIT業界内で注目されている。

<現行システムの解析を進める中で、提案時に(編集部追記:NHKから)取得した要求仕様書では把握できない、長年の利用の中で複雑に作り込まれた構造となっていることが判明したため、当社はNHKに対し、解析の進捗状況、課題およびそれに対する対応策を随時報告し、共にその対応を検討してまいりました。こうした中で当社は、同システムを利用する業務の重要性も鑑みて、NHK指定の移行方針による2027年3月までの安全かつ確実なシステム移行にはリスクを伴うことを伝えてまいりました。そして、2024年5月に、従来の納期のもとで品質を確保した履行は困難であることを報告し、取りうる選択肢とそれぞれの利点およびリスク等を提示いたしました。 NHKは、これをふまえて契約を解除することを決定されました>

<当社は、これまでの解析・調査結果等をふまえて、より確実な移行方式の実現に向けた建設的な協議の開始について、2024年の夏以降、先月に至るまで幾度も申入れてまいりました。しかしながら、NHKは、協議の開始に応じることなく代金の返還と損害賠償請求を主張するにとどまり、この度当社に対し訴訟提起したことを公表されました>

 もし日本IBMの主張が事実であるならば、NHKはベンダーに対して内容的に不足のある仕様書を提示し、ベンダーから課題やシステム移行方式・スケジュールの見直しを幾度となく提案されたにもかかわらず、協議に応じなかったということになる。システム開発の現場では、このような事態はよくみられるものなのか。また、近年では発注者とベンダー間で争われる裁判でベンダーに損害賠償を命じる判断が増えているが、日本IBMが損害賠償の命令を免れる可能性はあるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

非常に多いパターン

 NHKが進めていたのは、受信料関係業務全般を支える営業基幹システムの刷新。NHKのリリースによれば、NHKと日本IBMは2022年12月にシステム開発・移行業務の業務委託契約を締結。27年3月を納期としてプロジェクトを推進していたが、24年3~5月、日本IBMが大幅な開発方式の見直しが必要だと主張した上で納期の1年6カ月以上もの遅延が生じるとNHKに申し入れ。NHKは事業継続に大きな支障が生じると判断して24年8月に日本IBMとの業務委託契約を解除し、同社に対して代金の返還を要求。返還されなかったため提訴に踏み切ったという。

 NHKが係争の存在を公表した3日後の今月7日、日本IBMは前述のリリースを公表したわけだが、大手SIerのプロジェクトマネージャー(PM)はいう。

「10年以上にわたり稼働しているようなシステムに数多くの機能が追加されたり、属人的な運用が行われるようになり、ドキュメント化されていない機能・仕様や運用が存在してしまい、全面的な更改や移行の際に想定以上のコストや開発スケジュール遅延が生じてしまうというケースは非常に多いです。本来であればそうした仕様は初期の検討や要件定義の段階で発注者側が社内の関係部門を調整して洗い出し、新システムで実装すべき仕様と不要な仕様を選別したり、現場の業務オペレーションが変更になる旨を説明して合意形成を行うべきなのですが、システム部門がそれを十分にできておらず、いざ開発が始まると火を噴き始めるというのは非常によくあるパターンです。特にシステムに関する知見が乏しかったり、社内の力関係的に業務部門のほうが強かったりすると、そのような事態に陥りやすいです。

 そして、開発フェーズに入って想定外の仕様が次々と見つかっても、とにかく当初の費用とスケジュールに収めることをベンダーにゴリ押しする発注者もいます。NHKがそのようなタイプなのかは分かりませんが、少なくても日本IBMの声明を読む限り、NHKがしっかりとベンダーの言うことに耳を傾けて、対等なパートナーとして課題を解決しようとする姿勢を見せていたのかどうかが気になります」

 別の大手SIerのシステムエンジニア(SE)はいう。

「気になるのは、現行システムは富士通が開発したものなので次期システムも同社が担当するという流れが自然ですが、違うベンダーが選ばれているという点です。長年にわたる稼働のなかで複雑化した現行システムの実情をある程度把握している富士通が、多くの開発工数が必要だと考えてコンペで競合他社より高い費用見積もりを提示したことで、より低額の見積もりを提示した他ベンダが選ばれた可能性もあります。

 また、もし日本のベンダーであればNHKという大きな重要顧客だということも加味して、ある程度は無理難題を要求されても“自前でなんとかする”というかたちになったかもしれませんが、外資系ベンダーは追加開発に伴う追加費用やスケジュール見直しについて非常にドライに要求する傾向があることも、法的紛争に発展した背景としてはあるかもしれません」

「要求定義」と「要件定義」

 裁判所が、NHKが要求している代金の返還と損害賠償を認めないという判断をする可能性はあるのか。山岸純法律事務所の山岸純弁護士はいう。

「システム開発においては、一般的に『要求定義』、すなわち『今はこれだが、これからあれを開発して欲しい』という依頼者側の求めをまとめる作業と、『要件定義』、すなわち『これからこれを開発します』という開発者側の理解をまとめる作業があります。今回の日本IBMの言い分は、NHKから『今はこれだが』と言われたものが間違っていたので開発するのが難しくなった、というものかと思います。

 システム開発の失敗を原因とする裁判をよく見るのですが、『要求定義』か『要件定義』のどちらか、または双方があいまいだったために失敗する例がほとんどです。このため、今後、依頼者側が提出した『要求定義』と、開発者側が提出した『要件定義』と、どちらに非があったのかが争点となります。

 こういった裁判で、極めて重要な“決め手”となるのは、キックオフから開発破綻まで、何度も何度も重ねられてきた会議の『議事録』です。裁判ではこの『議事録』をもとに、

・いつの時点で、
・開発に関するどんな問題が発生し、
・各当事者はどのような行動をしたのか、

を過去に戻って紐解いていく作業となります(議事録がない場合は、もはや“泥沼”です)。

 はたして日本IBMが言っているように『あの時、このままだとこうなってしまうよ、と言っていたじゃん』といったことが認められる場合には、(契約内容による修正もあるかもしれませんが)『このまま』にしたことがNHKの責めに帰すべき事由なら、損害賠償は認められません。しかし、システム運用の歴史があるとはいえ、NHKはシステム開発について素人であるのに対し、日本IBMはプロ中のプロです。このため、『こうなるよって、言っていたじゃん』による免責は、ある程度修正されることでしょう」

(文=Business Journal編集部)

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