大手ITベンダ・富士通が新卒採用の一律初任給を廃止して支給額に差をつけると発表した。約20万円ほど差が生じる可能性もある。パナソニックホールディングス(HD)傘下のパナソニックコネクトも初任給に3~6万円ほど差をつけると発表しているが、日本企業では常識だった一律初任給が崩れ始めた背景には何があるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
中小企業・大企業問わず初任給の引き上げ競争が激しくなっている。たとえば、クラウドサービスを手掛ける中堅企業ドリーム・アーツが今年4月入社の新入社員の初任給をこれまでより44%引き上げ月収36万円にすることや、中堅IT企業レバレジーズが2025年卒の新卒採用より初任給をこれまでの28万円から35万円へ25%も引き上げることなどはニュースでも大きく取り上げられた。大手でも、サイバーエージェントは23年春の新卒入社の初任給を42万円に引き上げ、三菱UFJ銀行は高度なIT知識を持つ大学新卒に対しては年給与1000万円となる可能性もある給与体系をすでに導入済みだ。
そうしたなか、初任給に差をつける動きも増えている。富士通は、26年度入社の新卒採用からジョブ型雇用を本格導入し、高度な専門性を持つ人材には40万円以上の初任給を支払う場合もある。現在の同社の初任給は20万円台後半。パナソニックコネクトは25年春以降に入社する新卒社員について、インターンシップでの評価や国家資格の保有、起業経験などに基づき差をつけ、現行より月3~6万円ほど上げる。26年春の本格導入以降は一部人材を対象に1~2割ほど上げる。富士通と同様にジョブ型の人事制度を拡充することに伴う。
ジョブ型雇用とは、これまで日本企業で一般的だった、職務を定めずに採用する「メンバーシップ型雇用」とは異なり、職務内容や必要なスキルを明確に特定して採用する手法。能力給の拡充が促されることにつながる。
一律初任給では採用競争に負ける
初任給に差をつける企業が増えている理由は何か。人材研究所ディレクターの安藤健氏はいう。
「これまで日本企業では一律初任給が一般的だった理由は、新卒で採用する人材の経験・スキルには差がないという前提に立っていたからです。職種を限定しないで採用し、企業側のそのときどきの都合に合わせて人材を各部署に配属してジョブローテーションを回していき、自社のなかで幅広く活躍できる人材を育成するという形態が一般的でした。
それが崩れつつある背景には、ジョブ型雇用の普及があります。企業は、より具体的なスキルを限定して人材を採用する必要に迫られつつあり、専門的かつ高度なスキルを持つ人材とそうではない人材の初任給に差をつけるというのは、企業にとっては合理的な方法となってきます。
また、企業側からみると採用の競争力を高めるという目的もあります。たとえば理工系学部でプログラミングを学習しアプリを開発したことがあるような学生は、1年目から高い報酬を支払う外資系IT企業からも入社オファーを受けることになり、日本企業が『ウチは一律初任給ですよ』と言っていては採用競争に負けて優秀な人材を獲得できません」
初任給に差をつけることで企業側に何かデメリットが生じる可能性はあるのか。
「あまりないと思いますが、入社志望者に対して個別で『Aさんはこういう理由で25万円ですよ』『Bさんはこういう理由で28万円ですよ』と給与の差について合理的な説明をして交渉していかなければなりませんので、手間がかかるという面はあるでしょう」
では今後、どのような人材の初任給が高く設定される傾向になると考えられるか。
「やはりITに強い人材でしょう。IT職種が非常に細分化し、かつ各分野で求められる専門性が高くなっており、学生の頃からスキル向上に取り組む人も増えているので、企業間における人材の獲得競争はより激しくなっていくと考えられます」
(文=Business Journal編集部、協力=安藤健/人材研究所ディレクター)