ソニーG、全国の少年院でプログラミング教育を提供の目的…課題解決力を育成

●この記事のポイント
・全国の少年院で、ソニーグループが開発したIoTブロック「MESH(TM)」を使ったプログラミング教育が2025年度から始まる
・センサーがついたMESHのブロックを組み合わせることで、論理的な思考力や課題解決力、それにコミュニケーション力を身につけることができる
・社会課題の解決に取り組むArc & Beyondの仕組みは、ソニーグループとしても初めてのスキーム
全国の少年院で、ソニーグループが開発したIoTブロック「MESH(TM)」を使ったプログラミング教育が2025年度から始まることになった。ソニーが少年院の職業指導向けに提供する。センサーがついたMESHのブロックを組み合わせることで、論理的な思考力や課題解決力、それにコミュニケーション力を身につけることができる。
ソニーのMESH事業室が法務省と共同でこの教育プログラムを開発。さらに、ソニーグループが2024年4月に設立した一般社団法人Arc & Beyondが連携し、知見を提供しているArc & Beyond代表理事の石川洋人氏と、業務執行理事の萩原丈博氏、インパクトクリエイション部の原援又氏に、プログラム開発の背景とArc & Beyondの取り組みなどについて聞いた。
●石川洋人(いしかわ・ひろと)Arc & Beyond代表理事/ソニーグループ(株)CSV事業室 室長
米JPモルガンで投資銀行業務に従事した後、現ソニーグループ(株)に入社し、海外事業を担当。2015年にTakeoff Pointを米国で設立し、複数の社会課題解決事業を創業。2024年に一般社団法人Arc & Beyondを設立。
●萩原丈博(はぎわら・たけひろ)Arc & Beyond業務執行理事/ソニーグループ(株)CSV事業室/ソニーマーケティング(株)MESH事業室 室長
MESHの開発者であり事業責任者。2012年にソニーのR&D部門にて開発をスタートし、2015年に事業化。少年院などにおける学びの機会格差解消にも取り組む。
●原援又(はら・ひさや)Arc & Beyondインパクトクリエイション部/ソニーグループ(株)CSV事業室/ソニーマーケティング(株)MESH事業室
材料エンジニアとしてエレキ製品の技術開発や、次世代ディスプレイ用材料開発のプロジェクトリーダーを担う。Arc & Beyondであらゆる若者への教育機会・就労機会をつくる活動などをリードしている。
米西海岸で展開した教育プログラムを日本の少年院に
開発された教材によるプログラミング教育が導入されるのは、全国に43カ所ある少年院の施設。職業生活設計指導の一環として、2025年度から授業が行われることになった。
授業で使われるMESHはソニーが2015年から販売しているもので、無線でつながるセンサーがついたブロックを組み合わせることで、自動で動く仕組みなどを作ることができる。国内では小学校を中心に約3000校が導入している。
このMESHが少年院での教育に有効だと考えたのは、ソニーの米子会社Takeoff Pointの代表として、米西海岸でMESHを販売していた石川氏と、MESHの開発者で事業責任者の萩原氏による取り組みがあった。石川氏が米国での経験を振り返る。
「MESHを海外で売るのが当初の私のミッションでした 。ところが、プログラミング教育は米国の方が進んでいて、すでにレベルごとに教材が揃うなど、MESHが入り込む隙間はありませんでした。
ただ、営業しているうちに、Disconnected Youthと呼ばれる子どもたちの存在を知りました。米西海岸では高校卒業までが義務教育ですが、卒業できる子が2割か3割しかいない地域もあります。仕事にも就けず、社会との関係が途切れた子どもが多いことが切実な問題となっていました。
そこで、MESHを使って子どもたちの心を変えることができないかと、MESHでプログラミングを体験してもらうプログラムを萩原とボランティアで始めたところ、米国の9つの郡で展開する事業に成長しました。その中で、少年院から出院後の更生プログラムでも使われるようになったことから、それなら日本でもやってみようと動き始めました」
法務教官が教えることができるように教材を開発
MESHは萩原氏が2012年から開発を始めて、2015年に事業化した。萩原氏はプログラミングの考え方を簡単に学べることが最大の特長だと説明する。
「プログラミングと聞くと、パソコンの画面によく分からない文字を打ち込むイメージを持たれているのではないでしょうか。MESHは無線でつながるセンサーと身近なものを組み合わせて、人が来たら音が鳴るような仕組みを作ることができます。プログラミングの知識が無くてもドラッグアンドドロップでつなげるだけなので、誰でも簡単に始めることが可能です」
少年院での教育に活かそうと、法務省に最初に提案を行ったのは2021年の夏だった。最初から承諾は得られなかったものの、その年の秋からボランティアでいくつかの少年院で模擬授業を始めた。そのタイミングで自ら参加して、萩原氏とともに教材開発に取り組んだのが、Disconnected Youthへの教育に強い関心を持っていたエンジニアの原氏だった。原氏は、開発した教材を次のように説明する。
「在院者が取り組みやすいように、MESHと日用品を使って便利な仕組みを作る内容も組み込みました。センサーやブロック、日用品など、手に触れるものを組み合わせながら試行錯誤することで、問題解決力を養うことができます。また、基本的にグループワークで取り組んでいただくので、コミュニケーション力も身につきます。楽しみながら学べることも特長です」
全国6カ所の少年院で行った模擬授業では、在院者からポジティブな反応が得られた。少年院でのICT教育の導入の流れもあり、2024年度に法務省にて、職業指導で活用するためのプログラミング教育の調査研究および開発の一般入札を行うことになり、ソニーマーケティングが落札。法務省と連携しながら少年院での模擬授業を行い、教材を完成させた。
2025年度に実施する授業では、教育の効果を可視化するインパクト評価を実施し、課題が出てくれば改善することにしている。
誰でも社会課題の解決に参画できるプラットフォームに
石川氏らがDisconnected Youthや少年院向けの事業などに取り組む中で、Arc & Beyondを設立したのは、ソニーグループの経営陣からグローバルでの展開を求められたからだった。そこで、ソニーグループ内からさまざまな経験を持つメンバーが集まり、2024年4月に組織が立ち上がった。現在、約20人が所属している
この1年間は、経済産業省による新しい学習の基盤づくりなどを目指す「未来の教室」の実証事業にも参画。秋田県と宮城県でMESHを使ったワークショップなどを実施して、地元企業などが自ら学びの機会を作るスキームの実証を行った。デジタルテクノロジーを活用して「学びと共創の場づくり」をすることが、Arc & Beyondの主要テーマの一つだ。
Arc & Beyondでは今後、社会課題につながる活動を多様なパートナーと協同で進めることにしている。事業活動の費用は「Arc & Beyond基金」の運用益を充て、基金にはソニーグループが30億円を拠出しているほか、基金を拠出する「ファンドパートナー」と、社会課題解決事業を支援する「ソリューションパートナー」を募集している。石川氏は、Arc & Beyondの目指すところを次のように語った。
「Arc & Beyondでは、営利目的の事業でもなく、単なる社会貢献活動でもない、その真ん中みたいなところを作りたいと考えています。企業が持つアセットやノウハウを、経済合理性の外側に持っていくことが、社会課題を一つでも多く解決できる鍵になるはずです。そのためには誰でも参画できるプラットフォームが必要で、Arc & Beyondがその場になりたいと思っています」
社会課題の解決に取り組むArc & Beyondの仕組みは、ソニーグループとしても初めてのスキームだ。石川氏は「パートナー企業を増やすことによって、解決できる社会課題の幅を広げていきたい」と、企業に参画を呼びかけている。
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)