沢尻エリカ主演の水曜ドラマ『母になる』(日本テレビ系)の第9話が6月7日に放送され、平均視聴率は前回から0.8ポイントダウンの8.4%(関東地区平均、ビデオリサーチ調べ)だったことがわかった。
ドラマの内容について触れる前に、放送当日の7日朝に同ドラマの櫨山裕子プロデューサーのインタビューがインターネットで配信されたことについて触れておきたい。結論から言うと、これはいただけなかった。ドラマ放送中に制作側が裏話を明かすことはしばしばあるが、櫨山氏のインタビューはそれとは違い、「ドラマでは伝わらなかったかもしれないが、あの場面や設定にはこういう意図があった」という言いわけのオンパレード。自らの体験をドラマに盛り込んだという話に至っては、そんな狭い世界観でドラマをつくっていたのかと心底がっかりさせられた。
テーマとしては社会派ドラマのはずなのに、どうもいろいろと描き方が浅いと思っていたが、そもそもの視点が違ったということなのだろう。それでも、沢尻エリカや小池栄子をはじめとする役者陣の好演で、ここまではそこそこ見応えのあるドラマに仕上がっていた。
だが、最終回直前の今回は、残念ながらプロデューサーのインタビューから伝わってきた「底の浅さ」を視聴者に見せつける回となってしまった。最も違和感があったのは、奥能登の旅館に勤めるために東京を去る麻子(小池栄子)に広(関西ジャニーズJr. 道枝駿佑)が別れを告げる場面。どんないきさつがあったにせよ、広にとっては7年間育ててくれた母親であるはずなのに、「もうオレは大丈夫なんで。もうオレのことは気にしないでください」と、やたらとあっさりしている。広はこれまで聞き分けのいい子に描かれていたが、「表面上は結衣(沢尻)の言うことを聞くが、内心には複雑なものを抱えている」という描写なのだろうと解釈していた。ところが実際には、複雑な過去を抱えた広の内面について、今作のプロデューサーや脚本家は何も考えていなかったようだ。
残念ポイントが満載、底の浅さを露呈
急に登場してきた女子高生・桃(清原果耶)の影響で、広が麻子の過去をすんなり受け入れられるようになったというストーリーもなんだか無理やり感がある。育児放棄をしていた母親として大塚寧々が登場した第7、8話にしてもそうだが、このドラマには、何かひとつのメッセージを伝えるために新たな人物を急に登場させて、すぐに退場させるというやり方しかないのか。
麻子の過去を追っていたジャーナリストの話が急に消滅したことや、当初は「3人の女性が母になる」とうたっていたのに、結衣の友人である莉沙子(板谷由夏)については申しわけ程度にしか描かれず、明らかに脚本家が持て余していることなども気になって仕方がない。
今回の残念ポイントの極めつきは、高速バスに乗って東京を去ろうとする麻子を結衣が追いかけたラストシーン。結衣の麻子に対する態度もずいぶん身勝手だったが、麻子がしてきたことを思えばそれ自体はやむを得ない面もある。だからこそ静かに麻子を見送るべきだと思うが、ギリギリのところで心変わりしてしまうありがちな展開に陥ってしまった。公式サイトの最終回予告によれば、結局結衣は麻子との関係を断ち切らないらしい。断ち切るのがベストだとも言い切れないが、結衣と麻子が仲直りして広には2人の母親がいることになった――という安易なオチもどうなのか。
ここまでこのドラマを見続けてきた視聴者は、9年間離れ離れになっていた親子が、さまざまな葛藤や問題を乗り越えて固い絆で結ばれる物語を期待していたに違いない。それなのに、広も結衣も大した感情の動きがないままに、いつの間にか平和な親子関係を築いていた。こうした展開に、視聴者も興ざめしている。
「個人的には、もっと家族の話かと思っていた。突然、自分たちの元に戻ってきた子と、空白を埋めるために奮闘する父と母、そして次第に家族になっていくってところが見たかった」
「結衣が『母になる』話が見たかったんじゃん……つらい過去を乗り越えて柏崎家が家族になっていく過程が見たかったんだよ……」
「結局、広は麻子とも結衣ともあんまり本音でぶつかり合っていない気がする。なんとなく話が進んで、もう最終回。もっとドロドロした部分も描いて、一度どん底まで落ちてから絆が生まれるほうがおもしろかったかな」
「後になるにつれ、話がどんどん中途半端になっていってる気がしている。人物背景が薄っぺらい」
「もうちょっと、それぞれの人物の心理的葛藤とか、変化とかを丁寧に書いてほしい気がする」
このように、期待外れだったとの感想がネット上にあふれた。最終回も、なんとなく丸く収まりそうな気配が漂っており、プロデューサーと脚本家の力量のなさのせいで尻すぼみに終わるドラマになりそうだ。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)