鈴木亮平が主演を務めるNHK大河ドラマ『西郷どん』の第36回「慶喜の首」が23日に放送され、平均視聴率は前回より0.7ポイント下がって11.0%だった(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
ついに、薩摩を中心とする倒幕軍と旧幕府軍との間で戦闘が勃発。数で劣る討幕軍は劣勢となるが、岩倉具視(笑福亭鶴瓶)が用意した「錦の御旗」が戦場に掲げられると、形勢は一気に逆転した。朝敵となることを恐れた徳川慶喜(松田翔太)は、味方の兵を置き去りにして大坂から江戸へと逃亡する。ほどなくして、江戸に進軍する西郷(鈴木)のもとに旧幕臣の山岡鉄太郎(藤本隆宏)がやってくる。勝海舟(遠藤憲一)の命を受け、すぐに進軍をやめて和平交渉のために江戸に赴くようにと伝えに来た――という展開だった。
おおむね史実とされている流れをなぞった内容であり、オーソドックスな大河ドラマらしい回だったといえよう。「旧幕府勢力は旧式の軍制や装備のままだったので弱かった」というありがちな誤解を解くとともに、官軍の象徴である「錦の御旗」の正当性に疑問符を付けるなど、意外と公平な視点だったのも良かった。
大河ドラマでは『真田丸』に続いて2年ぶりの出演となった藤本隆宏も、さすがの存在感を発揮してくれた。体も大きくて貫禄があり、声の張りもいいので画面がキリリと引き締まる。TBS系ドラマ『JIN-仁- 完結編』で西郷隆盛を演じていたこともあり、視聴者の中には「鈴木より藤本のほうが西郷隆盛っぽい」と感じた人も多かったようだ。筆者もそのひとりだ。別に鈴木亮平の演技が劣っているというつもりはないが、結果論としていえば、藤本を鈴木にぶつけるべきではなかったのかもしれない。そのくらい藤本の存在感は光っていた。
ただ、第36回で一点だけ、とても気になったことがある。それは、徳川慶喜が勝海舟から「戦争を継続するつもりなのか」と問われた場面だ。勝は、「旧幕府軍には精鋭の陸軍と最新鋭の海軍があり、そこにフランスの援助が加われば再逆転は間違いない」と主張する。だが、慶喜は首を縦に振らず、「戦争を続ければ日本が異国の手に渡ってしまう」と朝廷に恭順する意思を明確にした。これ自体は悪くない。これまで、徳川慶喜をあまりにも自分勝手な悪者に描きすぎていたので、実は彼も日本の行く末を考えていた、とフォローするのはいいと思う。
だが、このドラマでは、西郷があくまでも武力討幕にこだわる理由を「慶喜が日本を異国に売り渡そうとしているから」と設定してきた。実際は、「フランスが、幕府に協力する見返りに薩摩の割譲を求めているらしい」という伝聞情報にすぎないのだが、いずれにせよ今回、慶喜にそんな意思のないことが明確になってしまった。これはつまり、西郷の仕掛けた戦に大義名分がなかったことを意味する。言い換えれば、壮大な勘違いから生まれた無駄な戦争だったというわけだ。これはドラマの構成として大丈夫なのだろうか。
この展開を受けて視聴者の間では、次回描かれる江戸無血開城について、西郷が自身の勘違いに気付いて矛を収めるという展開になるのではないかとの予想が多くなっている。「幕府は日本を異国に売り渡すつもりはないのですか?」「そんなことは絶対にありません」「勘違いしてました。それならこちらも慶喜を討つつもりはありません」という流れである。くだらないとは思うが、第36回の内容から考えれば、これが自然な展開だろう。とはいえ、ずっと見てきた視聴者なら十分わかっていることだが、このドラマには「流れ」というものがあまりない。前回の内容はおろか、直前の展開ですら、なんの伏線にもなっていないことが当たり前なので、ある意味予想を裏切ってくれるかもしれない。すべてを「勘違い」で片づけるような大河ドラマは見たくない。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)