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“失われた30年”を打ち破る挑戦──IVSシードが育む、起業家の「孤独」を支える伴走者

2025.06.26 2025.06.26 07:55 ユニコーンアイ
失われた30年を打ち破る挑戦──IVSシードが育む、起業家の「孤独」を支える伴走者の画像1
田中洸輝氏

●この記事のポイント
・「IVS2025」の注目コンテンツである7つのテーマゾーン。そのなかで起業直後のフェーズにフォーカスした「IVSシード」は、特に投資家にとって関心が高いエリアといえる。
・その「IVSシード」をプロデュースするのは、若きベンチャーキャピタリストだ。起業家支援に熱意を持ち、近く寄り添う姿勢を見せる田中洸輝氏のIVSにかける想いの原点を探る。

 日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS2025」が京都で7月に開催される。今年は7つのテーマゾーンが設けられ、なかでも注目を集めるのが、起業前後のフェーズにある“シード”層にフォーカスした「IVSシード」ステージだ。起業家の卵からアーリーステージの起業家までを対象に、濃密なセッションと偶発的な出会いを提供するこの場を統括するのが、インキュベイトファンド所属の若きベンチャーキャピタリスト・田中洸輝氏だ。家庭環境から受けた起業家への思い、そして「人を残すことこそが最上位の価値」という信念を胸に、田中氏はシード期の起業家支援に情熱を注ぐ。IVSの意義とシードステージの真価を探る。

目次

起業家の孤独を知る者として

「父も母も、それぞれ会社を経営していました。順風満帆な時もあれば、本当に苦しい時期もありました。うまくいっている時は人が集まってくるけれど、つらい時に支えて寄り添ってくれる人はとても少ない。経営者はとても孤独に見えました。」

 田中洸輝氏がベンチャーキャピタルの道を選んだ原点には、幼少期のそんな家庭環境がある。2018年に立教大学を卒業後、東京海上日動火災保険、アクセンチュアを経て、2022年にインキュベイトファンドに参画。シード・プレシードといった創業初期のスタートアップを中心に、投資とハンズオン支援に奔走してきた。

 学生時代に最も影響を受けた言葉は、明治から昭和初期にかけて活躍した政治家、後藤新平の「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すを上とする」というもの。

「現在30歳の僕は“失われた30年”と呼ばれた時代と共に生きてきました。間もなく自分にも子供ができることもあり、自分の子供には”失われた○○年”とは聞かせたくない。日本経済や社会に大きなインパクトを与える挑戦を志す人の背中を押し、諦めたくないけど心が折れそうになっている時の最後の支えになれるか。それが僕の使命だと考えています」

苦難の時期こそ、伴走の価値が問われる

 投資家としてのやりがいについて尋ねると、田中氏は少し考えて、こう答えた。

「苦しい時期に今この瞬間が、将来は必ず美談になると信じて、共に踏ん張っているその瞬間にやりがいを感じます。起業家の挑戦の始まり、苦しかった時期をよく知っているからこそ、もちろん彼らが社会に認められていく瞬間に立ち会えると、ものすごく報われる気持ちになります」

 インキュベイトファンドでは、投資先と週次でのミーティングを基本とし、必要に応じて連日顔を合わせることもある。支援というより、共に戦う「伴走者」でありたいという姿勢が強い。

 エグジット(事業の出口戦略)についても「IPO(株式の新規上場)やM&A(合併・買収)など手段にこだわりはありません。大事なのは、いかに多くの人の本質的に重要な課題を解決できるか、それが実現できれば業績は上がり、企業価値も高まると考えています、結果指標としてのファイナンシャルリターンは社会に対する貢献の証でもあると思っています」と述べ、投資先企業が大きく成長することが何よりも大事との考えを示す。

シードに特化したIVSステージを創る意味

 田中氏は2023年からIVSに企画スタッフとして関わってきた。今年は「IVSシード」ステージのディレクターとして、セッション設計から登壇者選定、モデレーションまで幅広く手がける。

「IVSは参加者数が圧倒的に多い。だからこそ、“尖った”テーマでないと、埋もれてしまう。個々のセッションがテーマ性と独自性を持っていることがもっとも大事だと思っています」

 IVSシードが対象とするのは、起業準備中の学生や会社員、起業直後のアーリーステージの起業家、新規事業に悩む大企業内のイノベーターや大学研究者など。多様なペルソナを想定したセッションが展開される。

 たとえば「Zero-to-Global Day1から世界に挑戦した起業家達に学ぶ事業構想」では、日本発の強みを世界市場に転換する成功例を紹介。「高級イチゴをNYで売る」「日本のお菓子を越境ECで展開」など、ユニークな事例が並ぶ。「多重法人格の革命:収益と社会的インパクトを両立させる新世代ベンチャーの挑戦」では、社会課題先進国の日本で「社会課題は儲からない」という常識に真っ向から挑戦する起業家達から、次世代の起業のヒントを探る。

 セッション後、若き起業家が著名VCに直接声をかけ、その場で次なるステップへのヒントを得る。あるいは、ユニークな成功事例を聞いた研究者が、そのビジネスモデルに応用できないかと、隣に座ったビジネスパーソンに話しかける――。IVSシードでは、そんな“準備された偶然”が、いたるところで生まれる設計になっている。

日本の“課題”を“価値”に変える場へ

「日本は課題先進国。でも逆に言えば、解決すべき課題も豊富です。高齢化、ジェンダーギャップ、低生産性──世界がこれから直面する課題に、日本は先に向き合っているとも言えます」

 田中氏は、悲観ではなく楽観で世界を捉えるべきだと語る。日本の当たり前を“輸出”するようなグローバルビジネスのヒントは、実は身近なところに眠っているかもしれない。

「アイデアがない、資金がない、経験がない──できない理由ややらない理由はいくらでも挙げられます。でもそれを乗り越えようとするエネルギーこそが、起業の原動力。だからこそ、IVSシードでは“どうすればできるか”という視点でセッションを作っています」

出会いが生むイノベーションの連鎖

 IVSシードが生み出すのは、単なる学びの場ではない。研究者とビジネスパーソンの偶然のマッチング、社会課題への共感によるチーム結成、そして投資家との出会い──思いがけない化学反応が、ここでは起こる。

「起業と言うと、日本では“リスクを取る”という表現が先行しがちですが、アメリカで起業している人が多い理由は、合理的に考えて起業したほうが良いと考えているからです。起業して成功すれば大きなリターンが得られる、起業中も資金調達できれば、個人の借金もなく給料も取れる、失敗しても転職先は見つかるという安心感があるため、彼らはそれをリスクだとは思っていない。むしろ合理的な選択なんです」

 起業が特別な行為ではなくなる社会へ──田中氏はその第一歩として、IVSを活用してほしいと語る。

「準備された偶然」に飛び込め

 最後に、田中氏はこうメッセージを送る。

「IVSは、とにかく規模が大きく、セッションやサイドイベントも膨大です。初めての方には、ぜひ事前準備をおすすめします。どのセッションに参加するか、誰に会いたいか。それを考えるだけで、当日の出会いや学びが何倍にも広がります」

 起業家の道は時に孤独だ。しかし、IVSシードは、その孤独に寄り添い、志を共にする仲間や、未来を拓くパートナーとの出会いを提供するために存在する。“準備された偶然”に飛び込み、“できない理由”を“できる理由”に変えるエネルギーを、この地で手にしてほしい。京都で芽吹く新たな「人の力」が、きっと日本の「失われた30年」を終わらせ、明るい未来を切り拓く原動力となるだろう。

(構成=UNICORN JOURNAL編集部)