2012年2月27日午後6時45分、東京証券取引所の一室。坂本幸雄社長は記者会見の間、視線を終始下に落としたまま、用意した文書を読み上げた。
「弊社は本日夕方、東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請しました」
負債総額は4480億円。国内製造業としては過去最大・最悪の倒産である。半導体業界に精通した再建請負人と言われ、過去に何度も資金難を乗り切った”剛腕”経営者も、さすがに意気消沈しているように見えた。だが、会見の席上、坂本社長は続投を表明。投入された公的資金が国民の負担となる会社更生法を申請した経営者が続投するのは、前代未聞のことだ。そして、この坂本社長の下で行われたとささやかれている”裏切り行為”とは、いったいどのようなものなのだろうか?
ひとつ目が、「株式市場を欺いたのでは?」というものだ。27日の倒産会見に先立つ23日、「3月28日に臨時株主総会を開催し、日本政策投資銀行の優先株の償還に備えるための減資などの議案を付議する」と発表した。これを受け株式市場には、「同社が資金不足を回避して、会社を存続させる意思表示だ」との安堵感が広がった。
ところが、取引所の営業日で数えるとわずか2日後の27日に会社更生法を申請した。市場はパニックに見舞われ、翌28日には上場廃止が発表され、売りが殺到して売買が成立せずストップ安。29日の前場(午前中)の終盤、1株5円でやっと売買が成立した。直後に同4円まで下げたが、その後切り返し、終値は同7円。前日比247円安、97.2%のマイナスだ。
次に欺かれたといわれるのが、銀行団だ。同じく23日に、エルピーダ側は銀行団に返済期限の近づいた融資の3カ月間の繰り延べを求めるなど、自力での事業継続への意欲を見せていた。それなのに翌24日には、主要4行の口座から預金250億円が引き出され、それまで取引がなかったりそな銀行に移し替えられた。前者により融資額と預金額が相殺処理されないようにするための措置だ。そして銀行との事前の調整どころか、正式な通告すらないまま、27日に更生法の申請に踏み切った。銀行には「寝耳に水」であり、両者の信頼の糸は完全に切れた。
そしてマスコミの信用も失ってしまった。27日の倒産会見で坂本社長は「(メディアが)どこかから聞いてきた話をすぐ記事にしたことが、どれだけ我々の提携環境を阻害したことか」と痛烈に批判。本来成功したはずの提携交渉が進展しなかったのはマスコミのせいだと八つ当たりして、失笑を買った。同社が外国勢を中心に資本・業務提携を持ちかけるたびに、”希望的観測”を同社に好意的なメディアにリークしてきたのは、坂本社長自身ではないか、というのが失笑の理由だ。
エルピーダは09年に改正産業活力再生特別措置法(産活法)の適用第一号に認定され、300億円の公的資金が注入されている。今回の倒産により最大277億円のツケが国民に回る可能性があるが、公的資金を焦げ付かせた企業のトップが続投した例は皆無である。
会社更生法申請代理人の弁護士は「半導体業界は高度の専門性が必要。(坂本に)再建を全うしてもらうことが経営責任につながる」と述べた。