この街では夏の暑さで人が死ぬことも珍しくはない。住宅密集地では、消火栓からの放水で子供たちが熱中症にならないよう配慮され、老人が多い地区であれば、市営バスがエアコンを入れたまま路上に駐車。車内でお年寄りたちが休めるようにするといったことも行われる。エアコンがなくてはならない街といえよう。
そのアメリカのエアコン。
特に家庭用のものは、あまりにも時代遅れで旧式なものばかり。電力消費量も多く、きめ細かな調整が不可能なため、健康にもよくない。オフィスでも大同小異であり、マンハッタンのオフィスビルでは、エアコンの効き過ぎにより体調不良を訴えるビジネス・パーソンも少なくなく、仕方なしに各個人が何らかの対処を強いられる。結果「節電のため、デスクの下で個人用のヒーターを使用するのを禁止」という、とんでもない通達が社員になされる企業も出てくる始末。
「このようなときこそ、日本製の高機能の省エネ家電にとってのビジネスチャンスではないだろうか?」
とも考えられそうだが、これがそうもいかない。
高機能な日本のエアコンは売れない?
日本製の商品がアメリカ市場でシェアを確保できない理由はいくつかあるが、やはりその最大の要因は価格。アメリカで売られている安いエアコンは、おやすみタイマーも除湿も、日本の製品では当然の機能がすべからく省かれた、まさに原始的な商品。物価の高いニューヨークでも、狭い部屋なら十分冷やせる程度のエアコンであれば、せいぜい200ドルも出せば手に入るのだから、十数万円もする日本の高機能商品では、そもそも競合にはならないのである。
所得別分布の中で最下層の人々=「ボトム・オブ・ザ・ピラミッド」向けのビジネスを、BOPビジネスという。彼らは収入が少ないため、高額な商品には手が出ないものの、なにより人口は極端に多く、また先進国ではごく当たり前の製品でさえ、いまだに手にしていないことが多い。そのため、近い将来の大きな購買層になるとアメリカでは注目されている。
カギとなるのは、やはり販売価格。そもそもの収入が少ない人々が対象なのであるから、製品の価格もこれまで同様というわけにはいかない。従来よりも極端に低い水準を実現せねばならない。
ゆえに、アメリカには「品質は必ずしも最高ではないが、しかしとんでもなく安い商品」というセグメントが多くの市場分野にすでに存在しており、その価格帯は本当に驚くほど低い。このような状況は、総じて貧富の差が欧米ほどではない日本ではなかなか生まれにくいもの。そしてこの自国内での経験の有無が、今後本格化するBOPビジネスにおいて、大きく日本企業にのしかかってくるのではないかと懸念される。
ユニクロは中流以上の所得層が対象
日本国内では、ユニクロが品質と低価格を両立させた成功例として取り上げられるが、そのユニクロでさえ、米国では高価格帯に位置する。つまり、価格的競争力はまったくないといってよいだろう。ユニクロは日米では明らかに対象とされる層の位置づけが違い、米国ではあくまで中流以上の所得層が対象。価格優先で選ばれるセグメントには属していないのである。