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吉田潮「だからテレビはやめられない」(5月17日)

日テレドラマ制作陣はオジサンばかり?何も期待できない『雲の階段』が押し付ける不幸

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『雲の階段』公式サイト(日本テレビHP)より
 主要なテレビ番組はほぼすべて視聴し、「週刊新潮」などに連載を持つライター・イラストレーターの吉田潮氏が、忙しいビジネスパーソンのために、観るべきテレビ番組とその“楽しみ方”をお伝えします。

 セレブ美魔女妻に若手一流イケメンシェフ……。なんでも盛ればいいってもんじゃない。たとえ他称であっても、胡散臭さが先に立つ。自称だと、こりゃもう激痛クラス。ハイパーメディアクリエイターとかライフスタイルコーディネーターとか、肩書なんて言ったもん勝ちなんだろうけど。

 で、かねてから気になっていたのだが、「メディカル・ラブサスペンス」がうたい文句のドラマ『雲の階段』(日本テレビ系列)。医療ドラマでありながら、男と女のドロドロ愛憎劇も絡ませ、ほんでもってサスペンスときたもんだ。欲張りたいのはわかるけど、結果、とっちらかっちゃって、視聴者がまったくついてきていないのが現状。

 長谷川博己が小さな島の無資格医を演じるというので、薄い期待を寄せていたのだが、開けてみれば二流の韓流ドラマ以下。貧乏人が身元を偽り、のし上がっていく物語だが、その踏み台はすべて女。島の看護師(稲森いずみ)を裏切り、大病院の娘(木村文乃)に乗り換え、無資格の一般人なのに、医師と偽って男のプライドを満たしていく長谷川。まだ韓流ドラマのほうが100倍も潔くて、仕掛けもあって、楽しめるんじゃなかろうか。

 また、踏み台にされる女たちがみな子宮外妊娠やら流産を経験ってところが、いかにも渡辺淳一原作っぽい。幸薄い女を見下ろす男のステレオタイプ。これは昭和30年代の話ですかいね? そもそも、流産を経験しても子供産めなくても、自分の手で幸せをつかむ女がいっぱい生きている平成の現代において、この押し付けがましい不幸感って……。男に対して、よ・よ・よとよろめき、そ・そ・そと寄り添うヒロイン像があまりに古すぎて、視聴者はみんな口ポカンとしちゃってるってば。

 稲森は、いつもこういう役なんだよなぁ。被害者なのに被害者意識のない(あるいは弱い)、男にとって好都合の陰のある女。爺さんたちが好きそうな典型。明るく屈託のない稲森は、ドラマでもう観ることができないのだろうか。たぶん、日テレにおいては無理だろう。つまり日テレのドラマ制作がオジサンばっかり、ということなのか。

 島では無資格ゆえに診療所スタッフにバカにされ、ハブられていた長谷川。貧乏くさく、空き瓶の中に帆船なんか作っちゃって、稲森としけこんでセックスしていたのに、大病院の娘・木村が登場した途端に急に野心がム~クムク。木村からフランク・ミュラーかなんかの腕時計もらって、あっさり島を捨てちゃうのである。そして詐欺人生の始まり始まり。

 東京の大病院で外科医として迎え入れられ、ビル群を見下ろす屋上でガッツポーズしちゃう長谷川。B’zの音楽で、男の野望を煽る煽る。でも観ている側からすれば「詐欺師の遠吠え」だし、女を踏み台にしてこんな都合よくトントンとうまくいくはずがない、と冷静にならざるをえない。長谷川がただのタワケに見える。医者というよりホストっぽい。

 このドラマ、誰に何の期待をしたらいいのか。長谷川の偽装がバレて、お縄頂戴になるところを観たいわけじゃないし、稲森が幸せになるはずもないし。日テレの売り文句である「メディカル・ラブサスペンス」の名の通り、てんこ盛りの要素の割にそれぞれの濃度が低く、そしていちいち古臭い。懐古風味を狙っているならまだしも、新しいカタチのドラマと鼻息荒くうたっているあたりが虚しくて。東海テレビの昼ドラ枠でやり直してください。
(文=吉田潮/ライター・イラストレーター)

●吉田潮(よしだ・うしお):
ライター・イラストレーター。法政大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。「週刊新潮」(新潮社)、「ラブピースクラブ」(ラブピースクラブ)などで連載中。主な著書に『2人で愉しむ新・大人の悦楽』(ナガオカ文庫)、『気持ちいいこと。』(宝島社)、『幸せな離婚』(生活文化出版)など。カラオケの十八番は、りりぃの「私は泣いています」、金井克子の「他人の関係」(淫らなフリつき)など。