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米国宇宙開発、「イーロン・マスクへの依存」強まる?スペースXに技術者が流入

2025.04.05 2025.04.13 09:29 企業
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スペースXの公式サイトより

 米航空宇宙局(NASA)と米国宇宙開発・宇宙産業の“イーロン・マスク依存”を懸念する声が強まっている。NASAが使用する有人宇宙船としてはボーイング製「スターライナー」に対して、SpaceX(スペースX)製「クルードラゴン」の優位性が際立ちつつあり、米トランプ政権入りして政府効率化省(DOGE)を率いるマスク氏はNASAのコスト削減に前向きだとされ、関係が深いジャレッド・アイザックマンNASA次期長官を通じてNASAの運営に深く関与するとみられている。これまで米国の宇宙産業を担ってきたボーイングが本業である民間航空事業の苦境に陥り、宇宙事業に後ろ向きな姿勢を見せるなか、スペースX・CEOのマスク氏が米国宇宙産業を支配する可能性も指摘されているが、その可能性はあるのか。また、米国ひいては世界の宇宙産業にどのような影響を及ぼすのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 マスク氏は2002年にスペースXを設立。再利用可能なロケットによる商用衛星打ち上げ行い、2020年には市場が拡大する衛星通信事業に目をつけ、米国で「Starlink(スターリンク)」の試験サービスを開始し、日本では22年にサービス提供を開始。従来の衛星通信サービスが高度約3万6000kmの静止衛星を利用するのに対し、その約65分の1の距離にある低軌道周回衛星を利用。構造を簡素化することで製造コストを一桁安くすることに成功。さらに衛星を宇宙に運ぶロケットの打ち上げ費用も従来の10分の1に削減。以上の取り組みにより、従来の衛星通信サービスに比べて高速なデータ通信を実現しており、衛星の数は6000個以上におよび、衛星通信網としては世界最大規模となっている。

 NASAからは、国際宇宙ステーション(ISS)への宇宙飛行士の輸送や補給を委託されている。つまりNASAにとってスペースXは数多くある発注先の1社であったが、クルードラゴンの重要性が増し、さらにマスク氏の政権入りによって、NASAの将来を握る存在になりつつある。

NASAは意図的に多くの航空宇宙企業に発注

 実際のところ、米国ではそのような事態は進んでいるのか。航空経営研究所主席研究員で元桜美林大学客員教授の橋本安男氏はいう。

「ISSへの輸送手段に関する限り、SpaceXのクルードラゴンに頼らざるを得ない状況であることは事実です。本来であれば、NASAはボーイングのスターライナーと併用する計画でしたが、こちらの開発は遅れに遅れ予算も超過し、ようやく昨年6月に初めてスターライナーが宇宙飛行士をISSへ届けました。ところが、その後故障が判明し危険があると判断され、結局無人で地球に帰還する羽目となり、宇宙飛行士は取り残され、クルードラゴンのレスキュー・フライトで3月に帰還することになりました。現状ではSpaceXのクルードラゴンの一人勝ちです。また、現在のNASAの活動の中核となる有人月面探査『アルテミス計画』でも、第1、2回目の有人月着陸ではスペースXのスターシップを改造したスターシップHLSを使用することになっています。ただし、スターシップ自体が最近2回連続で爆発しており、開発は遅れています」

 では、スペースXはNASAの計画を独占しようとしているのか。

「現状でNASAの有人宇宙活動の重要なセグメントをスペースXが担っているのは事実です。しかし、それは一面であって、スペースXへの依存度が懸念されるレベルにあるというのはいい過ぎです。NASAは意図的かつ国家政策的に、多くの航空宇宙企業に発注を行っています。例えばアルテミス計画では、巨大な打ち上げロケット・SLSについてはボーイングを主契約社とし、また宇宙飛行士を月軌道上のステーション(月軌道プラットフォームゲートウェイ)まで運ぶオリオン宇宙船については、ロッキード・マーチンと欧州企業に発注しています。さらに、NASAはリスクシェアの観点から、重要なセグメントについては2社に並行して発注しています。前述のように、地球軌道上の乗員輸送ではスペースXとボーイングに発注し、月着陸機についてはスペースXとアマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルーオリジンに発注しています。アルテミス計画の第3、4回目の有人月着陸では、ブルーオリジンの月着陸機『ブルー・ムーン』が使われることになっています。一方で、NASAがこのように多くの企業に発注していることが宇宙開発予算の肥大化を招いているという批判もあります」(橋本氏)

スペースXとボーイングの違い

 スペースXは開発に成功して、ボーイングがうまくいかない理由とは何か。

「第一の理由としては、ボーイングは複雑なサプライチェーンを基に成り立つ典型的な重厚長大な大企業であり、スペースXのようなスタートアップ企業で小回りのきく垂直統合型の企業に比べ、効率が良くないという点が上げられます。また、スペースXが失敗を恐れない文化を持ち、トライ・アンド・エラーでとにかくスピード重視で前へ進むのに比べ、ボーイングは失敗を前提とせず時間をかけて開発手順を踏むという旧来のアプローチであることが、開発遅延と予算超過を生んだともいえます。

 加えて、もともとボーイングは家族主義的な気風に満ちた技術者集団であったにもかかわらず、1990年代から企業風土を利益至上主義に改悪し、技術者を軽視する方向に変節したことも要因としてあげられます。この結果、多くの熟練した技術者の退職を招き、開発能力の低下を招いたのです。そして、皮肉なことに、これら退職した技術者の多くは、スペースXやブルーオリジンに移籍し、そこで大きな成果を上げています」(橋本氏)

 DOGEがNASAに影響を与える可能性があるのか。

「もともと民主党支持者だったマスク氏は2022年に共和党支持に転じ、日本円で約183億円にも上る献金を行うなど、2度目のトランプ大統領誕生に多大な貢献をしました。その論功行賞ともいえる見返りとして、トランプ大統領はマスク氏の提唱に沿うかたちでDOGEを新設し、そのトップにマスク氏を任命しました。その目的は、政府機関の歳出と人員の無駄を排し、すなわちリストラを行い、民間向けには規制緩和を進めることにあるといわれています。NASAがDOGEの監査の対象となることは、NASAも認めていて、つい最近の報道では、すでに4億2000万ドル(約630億円)分の契約打ち切りによる歳出カットがなされているとのことです。

 加えて、トランプ政権は、新たなNASAの長官にスペースXの民間向けクルードラゴンの顧客であり、民間人として初めて宇宙船外活動に成功した実業家のジャレッド・アイザックマン氏を指名しました。アイザックマン氏はマスク氏と気脈を通じる仲であり、議会の承認で決まれば、マスク氏のNASAへの影響力はより大きくなるでしょう。

 マスク氏がNASAに対して大なたを振るった場合に危惧されるデメリットの一つは、安全性への悪影響です。そもそも有人宇宙開発にはリスクが多く、過去にアポロ計画で3名、スペースシャトルの2回の事故では14名の宇宙飛行士が命を失っています。スペースX流の失敗を恐れない文化がNASAに持ち込まれた場合、さらなる宇宙飛行士の犠牲につながらないとは限らないのです」

テスラ、不買運動も発生

 今、マスク氏には強烈な逆風が吹いていることも事実だ。

「トランプ大統領との蜜月関係の下、マスク氏は自由奔放に過激な言動を展開しています。このことが欧米で政治的にもビジネス的にも大きな反発と憎悪ともいえる悪感情を招いています。DOGEでは政府の職員に対しSNSで辞職圧力を加えるなど強引な手法で大きな反発を招き、うまく行かないどころか、消費者保護団体など複数の団体から訴訟を受けています。CNNによる最新の世論調査によれば、過半数を超える53%がDOGEに否定的であり、肯定的な見方は35%にとどまりました。

 マスク氏にとって一番の痛手は、CEOを務めるEVのテスラのブランドを大きく損ねていることです。米国と欧州で政治的活動に対する消費者の反発から不買運動が起こり、購入台数が半減しています。特に米国やドイツでは、テスラのディーラーが襲われテスラ車が焼き討ちにされる事件まで発生しています。同様に株価も短期間に半減し、マスク氏は全社員に対し、株を売らないようにと要請する始末です。今後、マスク氏がNASAに対し、多くの企業に発注を行っていることを歳出の無駄遣いと断じ、そのことがスペースXへの発注を増やす方向に誘導されるようなことになれば、利益相反だとしてさらなる大きな反発を受けることになるでしょう」

(文=Business Journal編集部、協力=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学客員教授)

橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学教授

橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学教授

日本航空で、エンジン工場、運航技術部課長,米国ナパ運航乗員訓練所次長,JALイ
ンフォテック社部長,JALUX社部長,日航財団研究開発センター主任研究員を歴任。
2008年~24年3月 桜美林大学客員教授。
2012~20年(一財)運輸総合研究所 客員研究員
2015年より航空経営研究所主席研究員
著書「リージョナル・ジェットが日本の航空を変える」で2011年第4回住田航空奨励
賞を受賞。
東京工業大学工学部機械工学科、同大学院生産機械工学科卒