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パナソニック批判への違和感 復活担う社内ベンチャーと“わかりにくい”経営の強さ

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パナソニック本社(「wikipedia」より/Pokarin)
 経営者の評価とは難しいものだ。経営は結果がすべて、という鉄則があるからだ。いくら一時期注目されるすばらしい成果を上げたとしても、終わり悪ければすべてが悪だと評価される。かつての代表例がダイエーを創業した中内功氏だろう。そして、今の最たる例が、2013年3月期まで2期連続で7500億円超の赤字を計上するパナソニックの前、前々のトップである。

「中村改革」と呼ばれる大構造改革を成し遂げた中村邦夫(元社長・会長)とその路線を引き継ぎ、三洋電機を買収し社名を松下電器産業からパナソニックに変えた大坪文雄(前社長・会長)は、今やメディアで「A級戦犯」扱いされている。2016年3月期までに営業利益を3500億円以上にすると発表した津賀一宏社長も「大坪会長はチャレンジをしてきた経営者だ。結果は別として敬意を表する。勇気ある経営者だと思う」とし、「我々は大きな信用を失った。やはり数字、結果を残さないと信用されない」と語る。

 プラズマパネルへの大規模投資や三洋電機買収が、今となっては負の遺産になってしまったといわれている。「それを当時から指摘していた」と誇らしげに書いているジャーナリストもいるが、現場で泥水も飲んだことがない「言論人」が簡単に一文で片づけられる問題だろうか。大規模組織を担う経営者が、社内外の複雑な条件下に置かれた時、いかなる意思決定をし、行動するかという実務的視座に立てば「言うは易し、行うは難し」である。

 経営の結果が悪くなれば、悪材料を集め、是々非々、勧善懲悪という耳障り良い論理で「A級戦犯」として描くのは簡単である。だが、経営は反省、改善の繰り返し。現経営者が前経営者から学習するのは当然のこと。しかし、学習した後に、より良いと判断した経営戦略を実践しても、予測、自助努力を超える環境の変化に直面し失敗することもある。

 津賀社長が大坪会長を評しているように、例外もあるが、多くの経営者はそのときどきの経営課題に最大限の勇気(企業家精神)を持って挑んでいる。その中にあって、謙虚であると見られる人、高圧的な感じを与える人など、キャラクターというよりも表現の仕方はさまざまだ。

 社内外における経営者の評判は、表現により大きく左右される。日本のマスコミは、あのときこう言った、ああ言った、という一言一言に注目し、その言葉が独り歩きし、事の本質と見られてしまう。それが社員や株主の感情にも大きな影響を与える。そして結果が悪ければ、発言=失敗の要因、という図式で描かれがちだ。だから経営者の表現はばかにできない。

 人の性格は、時間がたっても本質的にはあまり変わらない。だが、「あの人、変わったよね」と言われることがある。それは、表現を変える(変わった)ことで、人との関係性が変化しているからだ。経営者も社長就任時から数年たつと「変わった」と見られる人が少なくない。上に上がり権力を持ち、周りも対応が変わると関係性も変化する。多くの場合、謙虚な人がカリスマになっていくことはあるが、その逆はほとんどない。

 したがって、末期の結果が悪ければ、「あのワンマンな性格のため、取り巻きがゴマをする、反論が受け入れられなくなった」という説明がなされる。古今東西を問わず、組織ではどこでも見られる現象であり、今始まったことではない。

●複雑系の競争環境

 近年、このような議論の陰でうっかり見逃しているのが時代の変化である。経営者にとって予見力は重要な資質だが、それを上回る早い速度で時代環境が激変した。特に技術革新だけでなく市場の変化が速い電機業界では、技術で勝ってもビジネスで負ける、と言われているほど複雑系の競争環境になってきている。

 このような視点から見て、中村氏、大坪氏が展開した「プラズマパネルへの大型投資」は結果的に失敗に終わった。液晶にかけたシャープにも同じことが言える。とはいえ、強いコア事業を持つ多角化戦略は、当時としては正しいと思われた判断だった。しかし、その正しき判断を超える速度で時代が変わった。

「液晶の優勢がわかっていたのにプラズマから撤退しなかった」と経営者を超える予見力(?)を誇示するジャーナリストもいるが、大胆なカリキュレイテッド・リスク(計算できるリスク)を取り、投下資本を回収するという企業家のアニマルスピリットを否定してもいいものだろうか。