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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」第9回

iPad、望まざる大幅値上げのワケと、再度の値下げはないと見るインフレ経済学的根拠

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「Apple Japan HP」より
 数多くの大企業のコンサルティングを手掛ける一方、どんなに複雑で難しいビジネス課題も、メカニズムを分解し単純化して説明できる特殊能力を生かして、「日経トレンディネット」の連載など、幅広いメディアで活動する鈴木貴博氏。そんな鈴木氏が、話題のニュースやトレンドなどの“仕組み”を、わかりやすく解説します。


 アップルが5月31日、円安・ドル高を受け、iPadの全モデルの国内販売価格を一斉に値上げした。値上げ幅は普及版の16GBモデルで7000円、最上位機種の128GBモデルで1万3000円と大幅な値上げである。

「でも、なんで一度にこれだけ大きく値上げするの?」

という疑問をお持ちの方もいるだろう。

 アップルによれば今回の値上げの理由は「為替の変動に伴う価格調整」ということだが、1ドル=103円まで円安になった為替相場は、その後また急速に円高に動いて、この原稿を書いている時点では1ドル=94円台である。

「ということは、もう少し待っていれば、今度はiPadは大きく値下げされるんじゃないか?」

という別の疑問も湧くかもしれない。

 残念な話だが、為替が1ドル=90円に戻っても、当分iPadが大きく値下げされる可能性は少ない。なぜかというと、今回一気に大きく値上げをしたのは、経済学の教科書のインフレーションのページに書いてある“メニューコスト”にまつわる現象だからである。

 10年も世の中デフレが続いてしまうと、インフレがどのように起きるかなど、普通は忘れてしまうものだ。しかしアベノミクスは長期的に緩やかなインフレを目標とする経済政策であるから、うまくいけばこれから先、日本では毎年のようにインフレが起きるはずだ。

 ちなみにアベノミクスは、コントロールを失って大失敗すると、大きなインフレが起きると批判されている。

 だからどちらにしても、インフレ経済下で何が起きるのかをおさらいしておくことは意味があるんじゃないかと、私は思っている。

●インフレが強いる3つのコスト

 さて、メニューコストとはいったいなんなのか?

 実は、インフレ経済では、われわれ消費者や、アップルのような企業に3種類のコストを強いることになるといわれている。

 それらは靴底コスト、メニューコスト、計算単位コストと、それぞれ名づけられている。

 まず靴底コストから説明していこう。

 将来インフレが起きるとわかっていたら、人々はどう行動するだろう? 経済学者の予測では取引回数が増えるとされている。

 なぜかというと、インフレ経済下では毎年、手持ちのお金の価値が下がっていく。持っているお金で今買えるものが、半年後にはその価格では買えないとわかっている経済の下では、消費者は手持ちのお金でなるべく頻繁に買い物をするようになる。

 これが毎日のようにインフレで価格が上がる経済では(想像できないって? 1985〜95年の間に起きたブラジルのインフレはそうだった)、労働者は給料をもらうたびに銀行に出かけて現金を引き出し、物価が値上がりする前に使うようになる。

 このように人々がなるべく早く預金を引き出して早く使おうとするから、普通の経済時よりもインフレ経済下では靴底が早くすり減る。だから、このコストを靴底コストという。

 2番目のメニューコスト、これが今回のアップルの話にも関係してくるのだが、このメニューコストがインフレ経済下で企業が困ってしまうコスト増になる。