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吉田潮「だからテレビはやめられない」(7月1日)

TBS『音楽の日』、疑問満載の13時間超…ヘタな歌手たちの中途半端な口パク?

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『音楽の日』公式サイト(「TBS HP」)より
 主要なテレビ番組はほぼすべて視聴し、「週刊新潮」などに連載を持つライター・イラストレーターの吉田潮氏が、忙しいビジネスパーソンのために、観るべきテレビ番組とその“楽しみ方”をお伝えします。


 音楽番組はときどき観るようにしている。といっても、年末のNHK紅白歌合戦を含めて、年に数えるほど。しかも原稿を書くためだけに。基本的にあまり音楽に興味がないし、興味のある曲はCDを買えばいいだけ。配信ではなく、CDってところが中年である。

 いろいろな歌手が次から次へと出てくるバラエティパックみたいな特番があると、なんとなく流しっぱなしにする。どんな顔のどんな歌手が出ているのか、どんな歌が流行っているのか、一挙に知ることができるからだ。先日も、TBSが『音楽の日』(6月29日14時〜放送)なる音楽特番を超長時間垂れ流してくれたので、友人とビールを飲みながらダラダラと観た。

 主に東北地方で花火をドカンドカン上げ、八代亜紀や西田敏行、TRFあたりにライブで歌わせたりして、手広くやってます感が伝わってきた。TBS版24時間テレビ的な印象である。ソツのなさと腹黒さではテレビ界随一の安住紳一郎(TBSアナウンサー)と中居正広(SMAP)が司会を務めるあたりもちょうどいい塩梅だ。自分たちのライブのノリをテレビに持ってきちゃって、観客からドン引きされて大火傷していたももいろクローバーZやA.B.C.-Zを冷たくあしらうあたり、安住と中居の面目躍如である。

 なんといっても一番気になるのは、歌が驚くほど下手な人や、歌っていない人々が音楽番組に堂々と出ていることだ。アイドル特有の口パクは、もはや日本の文化である。口パクならずっと口パクにすればいいのに、合間にちょいちょい生歌を挟んだりする。その落差、下手さといったら卒倒するほど。歌って踊って息切れして大変だろうけれど、口パクにするなら徹底して口パクを貫き通してほしい。

●許容範囲が広過ぎるスタジオ観覧の人々

 2つ目に気になるのが、この手の番組をスタジオ観覧する人々のメンタリティである。好きな歌手やアーティストが登場するのはほんの一瞬。それ以外でもノリを強要されたり、拍手したりって、よくやるよなぁ。加山雄三の歌にぎこちなく体を揺らし、SMAPの体に触れようと手を伸ばし、大量生産アイドルには気のない手拍子をし、きゃりーぱみゅぱみゅの歌になんとなく戸惑い、aikoの声出し強制に快く対応し、ゆずやらファンモンやらの歌に飛び跳ねる。無節操で許容範囲が広過ぎ。

 結局、芸能人なら誰でもいいのか。街で見かけた芸能人に必ず「ファンなんです~」と握手を求めるタイプ。日本の消費を支えているのはこういう人々である。アベノミクスを支えるのもこういう人々である。

 印象に残ったのは、マツケンサンバが目に悪いこと。キラキラしすぎて「ちんどん屋」の言葉を久しぶりに思い出す。華原朋美はもっさりした衣装だが、歌声が健在だったこと。「私の人生波乱万丈だったので……」の言葉に色々とよぎったこと(ラリった姿とか)。友人いわく、華原は「新型の島倉千代子」だそうだ。更生できてよかったねぇ。

 そして、疑問も残る。いっぱしの歌手になると、なぜ歌番組で童謡を滔々と歌うのか。ATSUSHI(EXILE)の歌う童謡なんぞ誰が聞きたいのか。どこか説教臭くて、偽善のニオイもする。やんちゃ系男歌手って、総じて新興宗教じみてくるものだなあと痛感した。長渕剛とかEXILEとか。ここに平井堅をエントリーすべきかは、別の意味で悩むところだ。

 ぐっと聴かせて「歌の力」を披露する本物の歌手と、聞くに堪えない音痴一歩手前の歌手。テレビの音楽番組は、歌手としての真贋を見分ける試金石だ。酒の肴にちょうどいい。
(文=吉田潮/ライター・イラストレーター)

●吉田潮(よしだ・うしお):
ライター・イラストレーター。法政大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。「週刊新潮」(新潮社)、「ラブピースクラブ」(ラブピースクラブ)などで連載中。主な著書に『2人で愉しむ新・大人の悦楽』(ナガオカ文庫)、『気持ちいいこと。』(宝島社)、『幸せな離婚』(生活文化出版)など。カラオケの十八番は、りりぃの「私は泣いています」、金井克子の「他人の関係」(淫らなフリつき)など。