ビル・ゲイツが予見する教育の未来
デジタルハリウッド大学大学院専任教授の佐藤昌宏氏による基調公演から開始された、この日のセミナー。佐藤氏は、EducationとTechnologyを組み合わせた「EdTech」というキーワードを解説する。
ウェブテクノロジーの発達により、近年ではeラーニングのシステムも比較的簡単につくれるようになってきた。アメリカを中心に、MOOCs(Massive Open Online Courses)と呼ばれる無料講座をオンライン上で開講する大学は多く、日本でも東大や京大が「エデックス」「コーセラ」などのサイトで講座を配信している。また、非営利の教育ウェブサイト「カーン・アカデミー」では、初等教育から大学レベルの講義まで、多岐にわたる内容が配信されている。
この日、「EdTechがこれから伸びてくる3つの理由」として持論を展開した佐藤氏が、まず1つ目に掲げるのが、教育費の高騰。小学校から大学まで私立学校に通わせた場合、2000万円あまりの教育費が必要になる。だが、無料、もしくは格安で行われるEdTechの活用により、教育に対する所得格差や地域格差をなくすことが期待される。また、ビジネスとしてもEdTechの可能性は大きい。不景気でも、学習塾は最高益を更新し続け、保護者が子供の学習塾にかける費用は高止まり。ネットと相性がいい高所得者は、教育に対する投資にも熱心だ。
2つ目として、EdTechの利便性。「ドットインストール」というプログラミング学習サイトを使って起業や独立を果たした事例を紹介。また、「スタディプラス」というマネジメントツールを使うと学習時間がグラフによって可視化され、学習を習慣化することができると佐藤氏はいう。
さらに、3つ目は優秀な人材が流入するEdTech業界の将来性。「カーン・アカデミー」には、FacebookやGoogle出身のエンジニアが流れ込み、「ユダシティ」には、Googleのラボの代表が携わっている。
低コスト、利便性、人材の豊富さで、EdTechは今後さらなる伸びが期待されている。ビル・ゲイツ氏の「5年以内に最上の教育はWebからもたらされるようになる」という言葉や、MITメディアラボの伊藤穣一氏による「インターネットの普及によって、学校教育を超える学習が手に入る」という言葉を引き合いに出しながら、EdTechの大きな可能性を示した。
クラスメイトをオンライン化
では、実際に日本のEdTechでは、どのような活動がなされているのだろうか? 続いて開催されたパネルディスカッションには、「スクー」の森健志郎氏、オンライン英会話「レアジョブ」の加藤智久氏、「センセイノート」を手掛ける浅谷治希氏、子供用知育アプリを開発するベルトン・シェイン氏、そして小学生のためのプログラミングスクールを開催する上野朝大氏が登場した。
25分129円からという格安のオンライン英会話サイトを運営するレアジョブでは、Skypeのシステムを応用し、フィリピン人講師とのマンツーマンでレッスンを提供している。もともと、外資系の戦略コンサルタントに勤務していたものの、英語が不得意だった加藤氏にとって、レアジョブのようなサービスはまさに自らが望んでいたもの。「日本人の1000万人が英語をしゃべれるようにする」と高らかに目標を掲げる。
また、スクーの森氏も、自分が求めていたサービスを具現化した人物。かつて、eラーニングの講座でロジカルシンキングを学んでいたが、「ぼそぼそとしゃべるおじさん」が「あまりオシャレじゃないパワーポイント」で行う講義に辟易して、受講を途中でやめてしまったという。「『ハーバード白熱教室』のように、受講者とコミュニケーションを取りながら学べれば続けられると思ったんです。コンテンツをオンライン化するだけでなく、そこで受講する人をインターネット上に再現することで、関係性が生まれ、楽しい学びを実現することができます」。確かに、学生時代を振り返れば、授業の質だけでなくクラスメイトの存在も学校にとって大切な要素だった。スクーでは「人」をオンライン化することで、新たな「学び」のレイヤーを提示している。
教師向けのナレッジシェアサービス「センセイノート」を開発し、現在、非公開のベータ版を運営している株式会社LOUPEの浅谷氏は、 ベネッセに在籍していたものの、「ここからはイノベーションが起きない」と考え、退職。教師の同級生との雑談をきっかけに、同サービスの開発に着手した。「先生には横の情報連携があまりなく、本当にこの授業がいいのか悩みながら取り組んでいます。そんな先生を応援できないかというのが開発のきっかけです」
ターゲットは保護者
教育事業に乗り出す起業家たちのモチベーションは高い。しかし、ビジネスとして成立しなければ、サービスを続けていくことはできないだろう。「儲からない」「慈善事業」というイメージも強い教育事業だが、各社ではどのようなビジネスモデルを考えているのだろうか?
CA Tech Kidsは、再来年から義務教育にプログラミングが導入されることを見越してスタートした。「海外では子供のうちからプログラミング学習を受けさせるのが一般的。イングランドでも小学生の授業に組み込まれています。しかし、日本ではプログラミングを教える事業者がまだいないんです」と上野氏。
同社のビジネスモデルは「Tech Kids CAMP」などのイベントや「Tech Kids School」を運営し、参加費を支払ってもらうもの。ビジネスモデルとしては、従来の習い事と同様にシンプルなものだ。「参加する子供たちの保護者はIT企業に勤務していたり、経営者などが多く、可処分所得も高い。義務教育化の流れに乗って拠点を広げていく方針です」。ダンスが必修化され、全国でダンス教室の生徒数が激増したように、カリキュラムがスタートすれば、プログラミングも多くの子供たちが習い事として通うことが期待される。
また、子供用知育アプリを手掛けるシェイン氏は「親をターゲットにしなければならない」と業界独自の事情について。「実際にアプリを購入するのは子供ではなく親。子供だけじゃなく親を巻き込むものをつくり、アプリによって子供の成長を実感してもらわないといけない」と、子供向けのアプリという独自の事情を語った。
このイベントを企画したサイバーエージェントの中里祐次氏は、教育系イベントをSHAKE100開催当初から企画として温めていた。「一口に『教育とIT』といっても、事業内容は多岐にわたり、ひとくくりにはできない。今日のセミナーで概観はつかめたのではないか」と一定の効果を感じている。ただし、「質疑応答の様子を見ても、まだ質問が漠然としています。もっと、具体的な質問ができるようになるまで、受講者の理解を促していかなければ」と、新たな教育の普及に使命感を感じているようだ。
筆者も英語学習のためにコーセラで受講し、EdTechの恩恵にあずかるひとり。世界中の大学の授業を、自宅にいながら無料で受講できるのは、これ以上ないくらい便利な体験だ。矢野経済研究所の調査によれば、2011年度の教育産業市場は、国内全体で2兆4220億円。今後、日本をはじめ、世界中のスタートアップたちが、テクノロジーとアイデアを武器に教育市場を開拓していくことだろう。
(文=取材・文/萩原雄太)