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町田徹「見たくない日本的現実」

原発、不毛な活断層議論の代償 電気料金の高止まりを国民に強いる政府の無策

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東通防潮堤
 まるで城壁のようだ――。

 先週、本州最北端の下北半島にある東北電力の東通原発を3年半ぶりに取材して、筆者はこう感じずにいられなかった。東通は、東日本大震災に遇いながら、深刻な事故を起こした福島第一原発と違って、無傷で地震と津波を乗り越えた原発だ。あの震災を上回るような津波が押し寄せても重要な設備が水没しないよう、新たに高さ3m、周囲の長さ2kmに及ぶ防潮堤が原発を取り囲むように建設され、外観が一変した。この防潮堤は、幾重にも安全対策を張り巡らせた東通原発を象徴する構造物といえる。

 しかし、安全対策に万全を期す企業努力は報われるのだろうか。東通原発の再稼働は遅れる一方だ。震災後に降って沸いた活断層議論に振り回されているからである。

 確かに、震災直後と違い、東通原発の運転停止が直ちに東北地方の電力供給不足を引き起こす懸念はほとんどなくなった。東北電力が非常用電源の確保、買電、火力発電所の復旧・刷新などの手を打ってきたからだ。しかし、原発の運転停止が、この地方の利用者に高負担を、供給事業者の東北電力に高コストを、そして地元の経済に需要不足を強いている現実はなんら変わらない。

 不毛な活断層議論を続ける政府の姿勢は、政権が交代しても肝心なことを決められない政治の無責任さの象徴としかいいようがない。

村の雇用の4分の1が原発関連


 戊辰戦争で新政府に敗れ、福島県の会津地方からこの地に移封された斗南藩が餓死者を出したことでも知られるように、下北半島は気候の厳しい地方だ。年間の平均気温は10℃に満たず、稲作などの農業がほとんど根付かない。古くから産業といえば漁業で、集落も点在する程度だった。

 今回の取材では、羽田空港からの航空便がある三沢空港で前泊。10月13日の朝早く東通原発に着いた時は快晴で、ヤマセに吹かれた3年半前とは違うと内心喜んだ。ところが、事務棟で挨拶を済ませ、原発敷地内の取材を始めた途端、にわかに辺りが暗くなり、まだ10月と思えない冷たい雨に降られた。

 そんな土地柄だから、地元経済は厳しい。内閣府の統計で、青森県の1人当たり県民所得(2012年)は242万2000円と、全国平均(297万2000円)を下回っている。

 村は、1889年(明治22年)に村として発足したものの、財政は困窮し、役場の庁舎を隣接する田名部町(現むつ市)に置くような状況だった。現在の立派な庁舎に移転したのは、発足から100年を経た88年(昭和63年)のことである。今年8月末の村の人口は6910人。東通原発では、東北電力の社員が270人(今年7月末)、協力会社の従業員が583人(同)、合計で815人(同)が働いているというから、村の雇用の4分の1程度を占めている計算だ。