「週刊東洋経済」(東洋経済新報社/9月27日号)は『深層リポート 大詰めの携帯基地局訴訟』という注目記事を掲載している。「基地局の電磁波と体調不良の因果関係が争われた裁判で、近く判決が出る。専門家の測定で明らかになった真実とは」という記事だ。
携帯電話のあるところには欠かせない携帯基地局、その基地局から放出される電磁波が周辺に住む住民の体調不良(耳鳴り、頭痛、鼻血など)を引き起こしているかもしれない。現地(宮崎県延岡市)でも、欧州評議会議員会議(PACE)の勧告値の44倍もの高い数値が計測されている(裁判所の認定。ただし、日本の規制は下回っている)。
こうした健康被害を理由に、延岡市大貫町の住民がKDDIを相手に起こした裁判。2012年10月17日の宮崎地方裁判所の一審判決では住民が主張する症状については認めるものの、「直ちに、それが電磁波による健康被害であると認定することはできない」としてノセボ効果(思い込み効果)の可能性を指摘し、原告の請求を棄却した。
この判決に納得できない住民と原告弁護団は、福岡高等裁判所宮崎支部に控訴。この控訴審が9月5日に結審し、12月5日に判決が言い渡されることになったのだ。
電磁波と体調不良の因果関係を認めてしまえば、年間売上高3兆5000億円、営業利益5000億円になろうとする日本を代表する大企業(KDDI)どころか、携帯電話業界に大打撃を与えることが予想されたためか、地裁判決は企業寄りの判決になっている。
日本の司法では、高裁、最高裁判所と上級審になればなるほど、政府・企業寄りの判決が目立つために、一般的には地裁判決を覆すことは難しい。
●マイクロ波聴覚効果を高裁はどう判断するか
しかし、今回はこれまでの電磁波過敏症という論点だけでなく、新たな論点が出てきた。「マイクロ波聴覚効果」だ。
マイクロ波聴覚効果については科学的知見を基に世界保健機関(WHO)、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)もその存在を認めているもので、無線周波数の特性によって、「ザーザー、カチカチ、シューシュー、ポンポンなど、さまざまな音として説明されている。長時間の曝露や繰り返しの曝露はストレスを生じるだろうから、できるだけ避けるべきである」(WHOファクトシート/同記事より)
これは、普通の聴覚のある人であれば、誰でも起こり得るもので、「現に原告の多くは、『耳の奥でセミが鳴くような音がする』『基地局から離れると耳鳴りは弱くなる』といった陳述をして」いるという。電磁波工学の専門家である九州大学の吉富邦明教授は、証人尋問に応じ、実際に計測したところ、「基地局周辺の多くの地点で計測された電磁波の強度は、マイクロ波聴覚効果の閾値(いきち)を上回って」おり、「『延岡のKDDI基地局から発せられた電磁波の強度であれば、マイクロ波聴覚効果により耳鳴りなどの症状を説明できる』と述べたのだ」(同記事より)。
KDDI側は真っ向から反論し、マイクロ波聴覚効果の閾値についても争っているのだが、国際的にもその数値には幅があり、この数値の取り方次第で、健康に影響を与えるレベルの評価がまったく変わってくるのだ。
筆者も以前、別の地域の「基地局の電磁波と体調不良」の因果関係を取材したことがあるが、関係者が被害状況をまとめた図によれば、恐ろしいまでに、基地局に近ければ近いほど体調不良の割合が高くなっていた。しかし、因果関係の科学的な研究は進んでいないために、一部の人の「電磁波過敏症」という枠内の理解に押し込まれがちだった。
しかし、マイクロ波聴覚効果による耳鳴りなどの症状という論点では一般的になじみやすいだろう。
携帯基地局訴訟で健康被害は認められ、撤去を命じられるのか、注目したい。携帯電話会社が大スポンサーとなることが多い紙メディアにおいて、こうした記事を取り上げることのできるのは「東洋経済」だけではないか。
(文=松井克明/CFP)