昭和電工は日立化成へのTOB(株式公開買い付け)を完了し、4月28日付で連結子会社とした。日立グループの「御三家」の一つだった日立化成は、新たな第一歩を踏み出す。昭和電工は完全子会社、HCホールディングス(HD)を通じて日立化成の発行済み株式の87.6%を取得。今後、全株式を取得して6~7月をメドに日立化成を完全子会社にする。日立化成は上場廃止となる。段階的に統合を図り、将来的には昭和電工と一体化する。
買収総額は素材分野の企業としては破格の約9600億円。昭和電工の時価総額(約3300億円)の3倍。「小が大をのむ買収」となった。1兆円近い買収とあって、資金調達に細かい気配りをみせた。日立化成を買収するために設立した特別目的会社HCHDに、みずほ銀行がノンリコースローンで4000億円を融資。さらに、みずほ銀行と日本政策投資銀行が2750億円を、HCHDの優先株を取得するかたちで出資する。
買収主体となる昭和電工はHCHDに普通株で2950億円を出資する。その他の資金調達は日立化成の返済能力の範囲内で債務を負うノンリコースローンと銀行からのHCHDへの出資で賄うことから、昭和電工の実質的な負担はこの2950億円だけ、と説明している。
それでも2950億円という数字は、昭和電工の2019年12月期連結決算の営業利益1207億円の2.4倍に相当する巨額資金だ。買収によるのれん代の償却負担が重くのしかかる。日立化成の19年4~12月期の連結決算を基に算出すると、同社買収によるのれん代(買収額と買収先の純資産の差額)は約5200億円。償却期間を最大20年間とすると、年間260億円の償却負担となる。
昭和電工は「物流や調達の一本化を通じて、(統合から)3年後に年間200億円以上のコスト削減効果が見込める」(森川宏平社長)としている。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で業績への悪影響は不可避。猛烈な逆風下での買収となった。
日立グループの「名門」日立化成がなぜ身売り
売却までの経緯を振り返ってみよう。
日立製作所は09年3月期の大赤字を契機にグループ会社の再編に着手した。だが、日立金属、日立電線(現在は日立金属と統合)、日立化成の「御三家」は対象外としてきた。ところが日立化成で前代未聞の品質管理に関する不正が発生した。
18年6月に発覚した産業用鉛蓄電池をはじめ、不正は成長分野と位置付ける民生用リチウムイオン電池や自動車用樹脂成型品など30品目に達し、日立化成の製品群の半分以上に広がった。契約と異なる検査をしていたほか、取り決められた検査を怠っていた。検査報告書に実測値と異なる数値を記入するデータ改竄も見つかった。
18年末になると日立化成の売却説が公然と語られるようになった。18年5月、経団連会長に就任した日立製作所の中西宏明会長は、会員企業に「品質管理の徹底」を呼びかけており、お膝元の日立化成の検査の不正でメンツ丸潰れとなった。「本来売りたくなかった日立化成を売却の対象にしたのは、中西氏の怒りを買ったから」(関係者)といわれている。
日立化成は「御三家」としてグループの中核を担ってきた。日立製作所の川村隆元社長(現・東京電力HD会長。6月末に退任)は16年まで日立化成の会長を務めていた。
最高値をつけた昭和電工が落札
日立化成の売却スケジュールが当初計画より大幅に遅れたのは、株価の高騰がネックとなったからだ。18年6月、検査不正が発覚すると株価は一時、1500円台まで下落した。それが19年春に売却計画が明らかになると株価は右肩上がりに上昇。買い手は急激な株価上昇で二の足を踏むようになる。
当初、三井化学や三菱ケミカルHD、住友化学といった財閥系の総合化学メーカーが関心を示した。特に2社に規模で劣る三井化学が熱心だったが、「完全買収するにはコストがかかりすぎる」として撤退。米コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)などの投資ファンド、韓国のロッテケミカルなども脱落した。
2次入札には昭和電工と日東電工、米投資ファンドのベインキャピタル、カーライル・グループの4社が進んだ。提示額が最も高かった昭和電工が最終的に落札した。昭和電工は19年12月、日立化成をTOBで買収すると発表。買収額は約9600億円。日立化成の時価総額約4500億円の2倍以上。「あまりにも高すぎる」と株式市場では高値づかみを懸念する声がほとんどだった。
M&Aの成功体験
昭和電工の森川社長は「妥当な金額」として意に介さなかった。森川氏は17年1月、社長に就任した。東大工学部卒。昭和電工に入社以来、執行役員になるまで一貫して化学品の研究開発畑を歩んできた。昭和電工では20年ぶりの技術系社長だった。昭和電工が巨額の資金を投入してまでも日立化成の買収に乗り出した裏には、過去のM&A(合併・買収)の成功体験がある。市川秀夫社長(現・取締役会議長)時代の16年10月に発表した、独SGLグループの黒鉛電極事業の買収を指す。
黒鉛電極とは鉄のスクラップを溶かす電気製鋼炉(電炉)で、電流を流して炉内を加熱するために使われる電極棒(部材)のこと。シェアで世界3位だった昭和電工は同2位のSGLグループの黒鉛電極事業を買収して一気に勝負に出た。当時、黒鉛電極の主要顧客である電炉メーカーが苦境に陥っていたことから、買収価格は156億円ですんだ。
買収が完了した17年、神風が吹く。中国政府が高品位鉄鋼や鋼材を生産する電炉メーカーを保護するため、外国資本の本格的な規制に乗り出した。これを受けて中国の電炉メーカーの生産量が急増し、昭和電工の黒鉛電極の販売量も回復した。SGLグループを買収した昭和電工の業績は好転し、18年12月期の営業利益1800億円のうち、実に73.5%に当たる1324億円を黒鉛電極を生産する「無機」部門が稼ぎ出した。
業界内で「無謀だ」といわれた海外M&Aだったが、市況が好転して「安い買い物」(関係者)となった。これで、昭和電工のM&Aに対する見方が180度変わった。
日立化成は2匹目のドジョウとなるのか
「高い買い物」と指摘される日立化成の買収で「2匹目のドジョウ」を狙う。3年前には、中国から神風が吹いたが、今回、新型コロナという強烈な逆風が中国から襲いかかってきた。新型コロナの感染者が中国を中心にまだ6万人余りだった2月14日、昭和電工の森川社長は決算説明会で「(コロナは)一過性」と繰り返した。しかし、足元の世界の感染者は325万人(5月1日)を超えて、終息のメドは立っていない。
社運を賭けて約1兆円を投じる日立化成の買収は成功するのだろうか。
(文=編集部)