これで危機は去ったのか――。東京都は7日、豊洲市場(江東区)の業者でつくる「豊洲市場協会」が実施していた同市場内での新型コロナウイルスの自主検査が終わり、陽性判明者は計71人だったと発表した。豊洲市場では先月、複数のメディアが場内での感染拡大を報じていた。同市場では今月7日までの感染判明者は計160人となっている。
東京都の発表によると、検査は11月2日~12月4日の間、約480団体の水産仲卸業者の従業員約3500人を対象に任意で実施。3111人が検査を受け、陽性率は2.3%だったという。東京新聞インターネット版が8日に配信した記事『豊洲市場の新型コロナ感染者は160人に 小池知事「自主的な検査の結果」』では、「小池百合子知事は8日午前、報道陣の取材に対し、『自主的に検査を受けられた結果。いろんな努力をされている結果だと思います』と述べた」としており、都としては感染拡大を防いだという認識のようだ。
豊洲ロックダウンは多方面に壊滅的な被害を与える可能性も
豊洲市場では11月、感染者の急増に仲買人たちが危機感を強めていた。豊洲で初めて感染者が確認されたのは8月15日のことだった。以降、微増と減少を繰り返していたが、11月に入って急増に転じた。同市場の感染者160人のうち、101人の感染が判明したのは11月だった。こうした状況を受けて、豊洲市場協会が任意で場内関係者の検査を実施していたのだ。同市場に青森県産のマグロなどを運び入れているトラック運転手男性は次のように振り返る。
「先月は市場の様子がおかしかった。市場にいるのは30分以内にしてくれといわれたり、馴染みの仲卸の姿が見えなくなっていたり。
よくよく聞けば、『感染したのかもしれない』という。なぜ『かもしれない』のかというと、検査を受けて正式に感染が判明すると、店も従業員も休業して消毒は必須です。しかも、1軒や2軒じゃない。流通のハブの豊洲で、しかも書き入れ時のこの年末にそんなことが起これば大惨事です。
とりあえず家で1週間くらいおとなしくしているのだと。確かに、このタイミングで豊洲の仲卸がダウンすれば、歳末にかけて1年分の金を稼ぐ漁師も、その成果を運んでいる我々も、仲卸を介して食材を提供する小売、飲食店も全員、路頭に迷います。ゾッとする話でした」
築地、豊洲の新年の初競りで高額な値段のつくマグロで知られる青森県大間町のマグロ漁師は次のように語る。
「豊洲がそんな危機を迎えていたなんてまったく知らなかった。こっちじゃそんな話は聞いたこともなかった。初競りでは、一番高いマグロだけがメディアにクローズアップされるけれど、うちらは11月からずっと、大きなものを何本も東京に送っている。マグロは年末年始に一番はけるからね。
しかもうちらのマグロ漁期は8月~1月まで。それ以外の時期は、マグロの餌にするスルメイカなどもやっているけれど、とてもじゃないけれどそれだけじゃ食っていけない。最近は底引き網トロールが毎年ごっそり幼魚のマグロをかっさらっていくので、資源保護の観点から漁協の取り決めは厳しいんだよ。だから、まさにこの時期に1年分の金を稼がなくてはならなくちゃなんね。その時期に豊洲がロックダウンなんてしたら、みんな路頭に迷うよ」
「休業補償が受けられないので検査は受けない」
では実際、豊洲はどんな状況だったのか。内情を知る関係者は次のように語る。
「豊洲は衛生面の機能を強化した最新鋭の設備ですが、仕事柄、声を出さないわけにもいきませんし、内部は業者がぎっしりと軒を連ね、通路も狭く、過密な状況です。一度、感染者が出てしまえば、感染は防ぐのは難しい環境だといえると思います。
コロナ禍の影響で豊洲の仲買人の皆さんも、かつてないほど経営が悪化しているようです。そのため、年末の書き入れ時にクローズしてしまったら大変な損害となります。例えば、仮にコロナに感染したとしても、東京都などから休業補償や家賃補助が得られるのかというと、そういうわけではありません(編集部注:豊洲市場に入居する仲卸は市場に使用料を払う必要があるが、家賃ではなく、都の家賃補助の対象にはならない)。そのため、仲買人の多くは『休業補償が得られなければ、コロナの検査は受けられない』という考える方が多くいらっしゃったようです。
自主的な休業であれば各事業者の皆さん、もしくは業者団体が『感染症』項目が入っている“店舗休業保障”という損保商品に加入していれば、20万円ほどとはいえ休業補償が得られたのかもしれませんが……。仲買人さんは、年末年始の商品の発注のぎりぎりのタイミングになっているそうです。よく考えると、豊洲がクラスター認定され、閉鎖を余儀なくされると、飲食業界だけではなく、全国各地の生産者や漁師さんが大ダメージを被ります。
本当に自粛と経済活動のバランスの難しさを痛感しています。しかし、国や都からの休業補償が得られない状況では、疑わしい症状が出てもPCR検査を受けず、『病院に行ったら終わり』と言って自宅で何日か休むという方もいるようです。その結果、クラスターに近い状況であっても、都からクラスターの認定は出ず、業者団体による自主検査ということになったようです。
こうした状況は都庁や東京都医師会もまったく知らないわけではないと個人的に思っています。仮に豊洲がクローズしてしまった場合のあまりの影響の大きさに手をこまねき、慎重に検討を重ねているのではないかと思います。
中国・武漢市でコロナ禍の発端となったのは市場でした。多くの人やモノが行き来をする市場の感染抑制は急務だと思います。ちなみに仲買人のみなさんは、豊洲周辺に住んでる方ばかりではありません。車で出勤されるとはいえ、家族持ちの方が圧倒的です。もう誰がどこで感染しても、まったく不思議ではないです」
現時点では、日本経済に大打撃を与える可能性があった「豊洲市場のロックダウン」は避けられたかに見える。事業者の自主的な協力があって大まかな感染の全体像が把握できたのは幸運だった。だが、ここで一つ疑問が残る。
なぜ、豊洲市場はクラスター認定を受けなかったのだろう。いくつかのメディアによると、その理由に関し東京都は「(仲卸店の)同一か所で因果関係のある5人以上が感染すること」という基準に該当しない点や、「9割の感染経路がわからない」などを挙げていた。
当サイトは豊洲での感染拡大がクラスター認定に至らなかった理由について、東京都福祉保健局に聞いたところ、「その件は東京都中央委卸売市場に聞いてください」との案内を受けた。その後、中央委卸売市場に書面で質問状を送付したところ、以下のような回答を得た。
「クラスターに関する国の定義は、感染経路が追えている一定の人数以上ということになっています。豊洲市場の場合、濃厚接触による感染経路を追えている事例は少ないです。感染者の人数としては多いですが、ほとんどが感染経路不明ということもあって、国の定義からは外れています。
私どもとしましては、これだけ多くの感染者を出したことを重く受け止め、努力してまいりました。クラスターかどうかは重きをおくところではなく、人数が多いということに関して重く受け止めて取り組んでおります。発表されたとおり、業者団体が自主検査も実施しました。仲卸売り場では30日に感染が判明し、1日に公表の感染者以降、1週間ほど感染は出ていません」
このまま感染が終息に向かうことを願ってやまない。