東京では7月12日から8月22日まで、4回目の緊急事態宣言が発出されている。1年以上にもおよぶ自粛経済下でもっとも大きな打撃を受けてきたのは、飲食店に代表されるサービス業だ。東京都内の飲食店には今も営業時間短縮やアルコール類提供時間の制限などが要請されており、先行きが見えない。業績悪化を食い止めるために、テイクアウトや宅配(デリバリー)、移動販売などに業態転換する飲食店も少なくないが、解決策の決定打にはなっていない。
そんななか、コロナ禍の収束後に向けて人材育成に力を入れているのが「塚田農場」や「四十八漁場」などの居酒屋を中心に約200店舗を運営するエー・ピーホールディングス(APHD)だ。取締役執行役員COOの野本周作氏と、人事本部長で執行役員の越川康成氏に話を聞いた。
寿司店や焼き鳥店を展開
――人材育成は具体的にどのようなかたちで行っていますか。
越川 寿司、焼き鳥、天ぷらなど、当社がこれまで手がけてこなかった専門業態で必要な専門知識と技能を身に付けさせ、職人を育てています。社内で講師としてふさわしい人を選んでいます。
例えば、焼き鳥だと、首都圏と大阪と名古屋に全部で8カ所の研修会場を設け、1カ所で10~20人くらいが研修を受けています。10日間で1クールです。まず炭の組み方が大事で、ちょっとしたことで火加減が変わる。部位によっても火加減が異なる。鳥を捌いて串打ちしますが、これが上手くないと焼くときに曲がってしまう。
実際に焼いてもらって、社員やアルバイト、取引先の方がモニターとして食べ、評価します。これを毎日繰り返し、試行錯誤。1人当たり通算で1クール600本くらいは焼くことになります。技術の高い人は、選別して上級者クラスに進みます。長い人は4月の下旬から2カ月たちます。
――研修を受けている方たちは、今後どういうかたちで配属されますか。
越川 まずは既存業態のなかで、焼き鳥や寿司をメニューに組み込んで、お客様に新たな側面を提示します。それから完全に新しい業態、新しいお店として、寿司店や焼き鳥店などを展開します。本格派の味で唸らせるようなクオリティの新業態を何店舗も出す予定になっています。
今オープンしてもお客様は来ないので、スケジュールが遅れています。実はいつでもオープンできる状態にはしてありますが、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置次第ですね。準備はかなり進んでおり、どの店舗に誰を配属するかも決めています。焼き鳥と寿司だけでも300人くらいの職人を育成しています。
外食として選ばれる理由を追求
――人材育成で大変なことはなんですか。
越川 通常営業しながら社内研修にまとまった時間を割くのは難しいのですが、今は時間がたっぷりあります。休業中の人件費は大変ですが、雇用調整助成金もあるのでネックになるコスト面で助かっています。カリキュラムは手づくりですし、講師たちもどうやって教えていったらいいのか手探りでした。通常営業中の研修ならば、脇で見ててもらうとか、手伝わせながら覚えさせるのですが、スクール形式は違ったノウハウが必要です。
クールを重ねるごとに教え方がブラッシュアップされて、一過性の経験で終わらせるのはもったいないと思っています。将来的に「職人カレッジ」みたいな、日本の焼き鳥の食文化を世界に発信していくことができるのではないかと、そんな構想も出てきました。
――どうして人材育成の強化を?
野本 新業態の店舗展開が主な目的ですが、もともとあった国内180店舗ぐらいの店舗の半分以上は既存店のままにします。休業明けに、以前の8割しかお客様が戻ってこなかったとしても、ちゃんと利益が出る体質にしなければなりません。家賃(テナント料)や人件費を下げるにしても、限界があります。売上が7割に落ち込んだからといって、人件費を7割に下げられるわけではない。アルバイト主体のファストフードならまだしも、社員比率の高い当社ではできない。生産性を上げていくしかないわけです。
そのために足腰をどう鍛えるかという一番地味なところが人材育成です。人材育成は職人だけでなく、ホールスタッフも、商品のおいしい理由を学び直すとか、自分たちのブランドコアは何か、レストランサービスの基本を見つめ直すとか、そういう研修もやっています。それから、生産性向上を助けるのはDX(デジタルトランスフォーメーション)です。
――お客が自身のスマホを使用して注文するモバイルオーダーシステムなどでしょうか。
野本 はい。しかし、巷にたくさんあるモバイルオーダーでは私たちの強みが生かせない、あるいは導入することで強みが消えてしまうと思っていました。結局は生産性が上がらないシステムばかりでした。モバイルオーダーで多いのは、商品名と写真がずらりと並んだインターフェースです。当社で導入するのは、そうした情報に加え、商品のPR文や料理に合うおすすめアルコールまで表示されるものです。
配膳ロボットみたいに単純に効率化を進めるのではなく、外食として選ばれる理由は何かということを、もう一度再認識できるようなシステムです。今行っていることは、コロナ対策というだけでなく、コロナをきっかけに事業の本質に立ち返らせてもらったということです。
コロナ禍が収まらないなか、外食産業にとっては先が見えない状況が続く。野本氏は「パラリンピックが終わるまでは我慢しなきゃいけないだろうという想定で動いている」と話す。飲食各社はコロナ収束後を見据えてもがいている。
(文=横山渉/ジャーナリスト)