足元で海運市況が上昇している。2021年3月期決算では、日本郵船や商船三井など日本の海運企業は経常損益レベルで増益を実現し、株価も上昇基調で推移してきた。
そのなかで注目したいのが商船三井だ。6月21日に同社は他社に先駆けて2022年3月期第2四半期(累計)などの業績予想を上昇修正した。その背景要因を冷静に考える意義は大きい。なぜなら、海運は資源や自動車などのモノの運搬に不可欠な物流手段の一つであり、世界の実体経済(需要と供給)に大きな影響を与えるからだ。
重要なポイントは、中長期的に世界経済にとっての物流の重要性が一段と増すことだ。特に、大量のモノを運ぶ上で海運業の効率性向上は、米中などをはじめ各国の経済と社会の安定に無視できない影響を与える。商船三井がそうした展開を念頭に、事業ポートフォリオの改革と新しい事業分野への進出を強化して、より効率的な付加価値の獲得を目指していることは注目に値する。
世界的な海運市況上昇の背景
海運市況は世界経済の変化を機敏に反映する。主要国の経済が成長したり、モノの需給がひっ迫したりする場合、コンテナ船などの運賃は上昇しやすい。足許、海運の運賃の動向などを総合的に示すバルチック海運指数が11年ぶりの高値圏にあるのは、いかに海運への需要が強いかを示す。
海運は、大きく3つに分類できる。まず、鉄鉱石や石炭などを運ぶ「ドライバルカー(梱包せずに運ぶばら積み船)」、二つ目が原油や石油関連の製品を運ぶ「タンカー」、3つ目が工業製品や農産物などを運ぶ「コンテナ船」だ。2019年、世界の海上荷動き量は約119億トンだ。そのうち4割強をばら積み船がしめ、3割程度がタンカー、2割程度がコンテナ船などだ。
リーマンショック後、世界の海運市況は不安定に推移した。2011年後半以降は中国経済の成長率の鈍化によって海運需要は停滞した。その一方で、世界経済のデジタル化の加速によって、海運市況を取り巻く環境は変化し始めた。アマゾンなどのプラットフォーマーの急成長が物流の重要性を押し上げたのである。航空貨物に比べ、海運には輸送量とコスト面で優位性がある。ただし、リーマンショック後の世界経済全体では中国経済の成長鈍化や過剰生産能力の問題があまりに大きく、海運市況の持ち直しには時間がかかった。
その状況に変化をもたらした要因が、新型コロナウイルスの感染発生だ。巣ごもり需要のための白物家電などの需要が世界各国で拡大した結果、コンテナ船への需要が高まった。新型コロナウイルスはそれまでに進んでいた変化のインパクトを増幅、あるいは加速させる一つの要因と見るべきだ。それに加えて、2020年春先以降は中国政府が前倒しでインフラ投資を実行したことが鉄鉱石や鋼材などの需要を高め、ばら積み船への需要も増加した。
その一方で、感染を避けるために港湾作業に従事する人の数が減った。世界経済全体で見ると、モノを運ぶ需要は拡大しているが、サービスの供給が細っている。そのため海運運賃が上昇している。
想定上回る需要を取り込む商船三井
そうした内外海運市況の好転によって、2021年3月期、商船三井の経常利益は増加した。なお、2018年4月に、商船三井と日本郵船、川崎汽船の定期コンテナ船事業が統合されてオーシャンネットワークエクスプレス(ONE)が事業を開始した。基本的に、商船三井のコンテナ船の業況は他の海運企業と共通している。
決算発表時点で、株式投資家の一部では、コンテナ不足は行き過ぎており、ワクチン接種の進行に伴う米国経済の正常化などによって、徐々に海運市況は落ち着くとの見方があった。そのため、商船三井の来期業績を慎重に考える主要投資家は少なくなかった。
しかし、6月に商船三井は今期の業績予想の上方修正を発表した。その背景には、コンテナ船の荷動きと運賃が想定を上回って推移していることなどがある。短期的に考えると、デルタ株などの変異ウイルスの感染の拡大が海運市況のひっ迫を支える可能性がある。変異株の感染が想定外に拡大すれば、世界経済全体で外出制限(動線の絞り込み)などが強化され、巣ごもり需要は高止まり、あるいは拡大する可能性がある。それは、コンテナの不足などに起因する海運の需給ひっ迫を支え、商船三井など日本の海運企業の収益押し上げ要因になりやすい。
それに加えて、自動車の海上輸送も徐々に増加する可能性がある。足許、米国などで半導体の不足によって新車生産に係るリードタイムが長引き、中古車への需要が押し上げられている。他方、日本では半導体工場の稼働正常化によって、メーカーごとに差はあるだろうが、自動車の生産は徐々に増える可能性がある。米国経済の自律的な景気回復、さらには感染を避けつつ移動する手段としての自動車ニーズの高まりを考えると、当面、日本から米国などへの自動車輸出は増加する可能性がある。それは商船三井をはじめ日本の海運業に追い風だ。
ただし、コンテナ不足や運賃の上昇がいつまでも続くことはないだろう。どこかのタイミングで港湾の作業体制は正常化し、いずれコンテナの需給ひっ迫も解消されるだろう。
世界的に重要性増す海運業
商船三井など海運業に求められることは、足許の事業環境を活かして確実に収益を増やし、中長期的な事業運営体制の強化に繋げることだ。そのために、毎年、商船三井は「ローリングプラン」と銘打った経営計画を策定している。その主眼は世界経済の展開予想を念頭に自社の現状を確認し、事業戦略を修正して環境変化への対応力を高めることだ。
目下の重要な取り組みは大きく2点ある。一つ目が既存事業の改革だ。2017年以降、同社は海運ビジネスの効率性向上に取り組んでいる。ONEの発足はその代表的な取り組みであり、商船三井にとって損益分岐点の引き下げ効果をもたらし、ROEの向上を支えたと考えられる。それが、コロナ禍という想定外の環境変化への対応にも貢献した。つまり、既存の事業運営に関しては、環境の変化に応じて機動的に事業体制を変革して事業運営の効率性を高めることが、リスク=予想と異なる展開に対応するために不可欠だ。これはあらゆる産業に当てはまる。
2点目に、商船三井は成長期待の高まる海洋事業を強化している。それは、異業種の技術や発想と海運業の強み(コアコンピタンス)の結合による新規事業の育成・成長戦略だ。具体的には浮体式のLNG貯蔵再ガス化設備の運営がある。化石燃料の中でも天然ガスは、相対的に温室効果ガスの排出が少ない。2021年には中国が、世界最大の天然ガス輸入国になるとの予想がある。また、商船三井は、グリーンエネルギーとして重要性が高まる洋上の風力発電関連の事業運営体制の強化にも取り組んでいる。そうした戦略を実行して収益力を強化するために、足許の海運市況は商船三井にとって大きなチャンスだ。
中長期的な世界経済の展開を考えると、物流の重要性は一段と高まるだろう。特に、大量の製品を運ぶ海運業の重要性は一段と増すだろう。そうした展開を考えた時、事業運営の効率性向上を進め、得られた経営資源をアンモニア輸送など世界経済のメガチェンジンの一つである脱炭素関連の分野に再配分することによって、商船三井など日本の海運業はより持続的かつ競争力ある海運のビジネスモデルを確立することができるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)