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“日本のスーパー業界を創った男”ライフ清水会長、95歳で退任…過去最高益で後継者にバトン

文=編集部
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スーパー「ライフ」の店舗(「Wikipedia」より

 食品スーパー「ライフ」を展開するライフコーポレーションの創業者で代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)の清水信次氏(95)が、5月27日付で取締役名誉会長に退いた。1956年10月、清水実業(現ライフコーポレーション)を設立して代表取締役社長に就任して以来、今日に至るまで、現役の経営トップであり続けた。代表取締役の在任期間は64年。最年長で最長記録保持者でもある。

 ダイエーの創業者の中内㓛氏、イトーヨーカ堂創業者でセブン&アイ・ホールディングス名誉会長の伊藤雅俊氏、ジャスコ創業者でイオン名誉会長の岡田卓也氏らとともに日本に、流通革命をもたらしたスーパー業界の第一世代である。

 1926(大正15)年4月18日、三重県津市に生まれた。大阪貿易学校を卒業して応召。戦後は大阪の焼け野原の闇市からスタートした。闇市ではなんでもが驚くほどの高値で売れた。それでも、闇市稼業は危ないのでやめた。50年の朝鮮戦争勃発の知らせが転機となった。米国による占領下であったが、「朝鮮戦争で日本は変わる」との予感があった。

 戦争が始まった翌々日に東京行きの夜行に乗った。上野のアメ横には大阪にはないウィスキーやチューインガム、バナナ、米軍の横流し品までなんでも揃っていた。横流し品を大阪で売り始めた。GHQ(連合国軍総司令部)と直接取引し、米軍の占領軍物資を横流しした。

 貿易の仕事にも関わるようになり、日本パインアップル輸入協会を設立。パイナップルやバナナの輸入で利益を上げ、清水氏は「パインちゃん」の異名をとる。この仕事を通じて蓮舫氏(立憲民主党代表代行)の父で台湾人のバナナ貿易商の謝哲信氏と知り合い、家族ぐるみの交友を深めた。

 旧財閥系商社が復権してきたため、貿易商から転換を図る。61年、大阪府豊中市に「ライフ」1号店を開業し、食品スーパーを始めた。出入りしていた米軍のPX(基地購買部)を見て食品スーパーを思いついた。現在、ライフコーポレーションは首都圏と近畿圏に300店舗近いチェーン店を展開する大手スーパーに躍進した。

 86年、スーパーマーケットの業界団体、日本チェーンストア協会会長に就任した。中曽根康弘内閣の売上税構想の反対運動の先頭に立つ。90年、旧大規模小売店舗法(大店法)の即時撤廃を求めて行政訴訟を起こす。食品スーパー業界の論客として知られるようになる。

不動産会社秀和と組んで流通再編の主役に

 不動産会社、秀和の小林茂氏と組んで流通再編の主役に躍り出たことがある。バブルの最終局面の88年から90年にかけてのことだ。清水氏と小林氏は第2次大戦末期、千葉の陸軍鉄道第二連隊の“タコツボ隊”に所属していた。“タコツボ隊”とは九十九里浜に上陸してくる米軍戦車を想定して、あらかじめ穴を掘って待ち伏せ、敵が来ると戦車の下にもぐり爆破する部隊のことだ。タコツボの中から飛び出し、戦車の下に飛び込む玉砕訓練に明け暮れたという。2人は陸軍版“神風特攻隊”の戦友であった。

 清水氏は首都圏に店を出すようになって、小林氏と同じマンションに住むようになった。ここから流通再編の幕が上がった。清水氏の持論である「中堅スーパー大同団結」が、ことの発端である。ダイエー、イトーヨーカ堂、西友、ジャスコ、ニチイ、ユニーの大手スーパー6社に対抗するためには中堅スーパーを糾合しなければ生き残れないというのが清水氏の考え方だった。清水氏のライフと忠実屋、いなげや、長崎屋の中堅4社を合併して年商1兆円規模のスーパーを目指すというシナリオを練り上げた。

 構想を聞いた小林氏は、この話に乗った。彼はマンションや賃貸ビルだけでは飽き足らず商業施設を運営するつもりだった。中核テナントに清水氏の1兆円スーパーが入れば、実に好都合である。東京スタイル、マルエツ、いなげや、松坂屋、伊勢丹、長崎屋、イズミヤ、忠実屋。小林氏は百貨店株を筆頭に流通株を片っ端から買い占めた。これらに要した資金は2500億円にのぼった。だが、バブルが弾けて秀和は資金繰りで行き詰まった。

 この時、秀和の救済に乗り出したのが中内氏のダイエーだった。忠実屋、マルエツなど秀和が買い占めていた流通株を担保に1100億円を融資した。ダイエーはイトーヨーカ堂や西友が本拠地としている首都圏への進出で後れを取っていた。首都圏に店があるマルエツと忠実屋は喉から手が出るほど欲しかった。担保権を行使して、マルエツや忠実屋をやっと手に入れたが、今度はダイエーが経営破綻。イオンがダイエーを完全子会社にした。

 清水氏の構想は志半ばで終わった。結果論になるが、清水が秀和と一心同体にならず、途中で引き返したからライフを潰さずに済んだのだ。あの時、秀和が買い占めた流通株を清水氏が譲り受けていたらダイエーの二の舞になっていたことだろう。

 生き残った理由を「ライバルたちが慢心を防いでくれた」と清水氏は述懐している。

<社外の交友関係でも、旭化成の宮崎輝さん(元社長)、小松製作所(現コマツ)の河合良成さん(元社長)といった大先輩が「いちばん大事なのは己を知り、足るを知り、とどまることを知ることだ」「必ず物事には終わりがある」「おカネも権力も自然に集まるのはいいが、追いかけるのは危険だよ」など言ってくれた。そもそも僕は自分が偉いと錯覚したことはない。(中略)流通業界には伊藤雅俊さん、岡田卓也さん、中内さんらがいるんだから>(2012年1月4日付「東洋経済オンライン」記事)

 清水氏の商売の哲学は「足るを知る」だった。100歩のところを50歩で立ち止まる。ものには必ず終わりがくる。

後継者の実弟を解任、三菱商事から社長をスカウト

 創業者にとって後継者問題が最大の経営課題となる。ライフも例外ではなかった。清水氏は82年2月、ライフが大証2部に上場したのを機に、実弟で自分の右腕だった清水三夫氏に社長の椅子を譲り、会長に就任して営業の第一線から退いた。その後、ライフは東証2部から東証1部に昇格。順調に成長を続けた。

 だが、バブル経済の終盤にさしかかった頃、三夫氏は株式運用にのめりこみ、肝心の本業が疎かになった。当時は、日本の有名企業が軒並み財テクにのめり込んでいた。「財テクをやらないのはバカだ」といわれた。

 危機感を抱いた清水氏は88年3月、役員会で三夫社長を電撃的に解任し、自ら社長に返り咲いた。実弟を後継者にして失敗しことから「会社は子どもや孫に継がせない。一番優秀な人に任せるべきだ」と考えるようになる。事業の継続が最も大事だからである。

 92年、三菱商事と業務提携(現在、三菱商事は19.76%出資する筆頭株主)し、人材の派遣を受ける。94年2月、清水氏は三菱商事本社を訪れ、相談役の三村庸平氏と諸橋晋六氏、会長の槙原稔氏、社長の佐々木幹夫氏の歴代の経営者と会った。そして社長の派遣を要請した。

 白羽の矢を立てていたのは岩崎高治氏である。弱冠、30歳の三菱商事の若手社員の1人にすぎなかった。「岩崎君を派遣してもらえないだろうか」と頼み込んだ。2人の出会いは英国のロンドンだった。岩崎氏は慶応義塾大学経済学部を卒業して三菱商事に入社。英国の食品製造会社、プリンセスに出向していた。ヨーロッパの小売業を視察していた清水氏がロンドンを訪れた際、出迎えたのが岩崎氏だった。スーパーやデパートを一緒に見て回った清水氏は、このときから「この男と一緒に仕事をしたい」と思うようになったという。

 帰国後、三菱商事の重鎮たちに直談判し、「将来の幹部候補生だから」と渋る幹部連中を説得。2年後、出向のかたちでライフに迎え、99年、取締役に就けた。2006年3月、岩崎氏は三菱商事に在籍のまま、三菱商事の持ち分法適用会社となっていたライフコーポレーションの社長兼COOになった。岩崎氏39歳のときだ。三菱商事では、まだ課長になるかならないかの年齢の人が、従業員3万人、200店舗(当時)を擁する1部上場企業の社長に成り上がるわけだ。三菱商事の首脳陣は「何か事故が起こったら三菱商事の看板が傷つく」と恐れたと伝えられている。

 だから清水氏は「私が岩崎さんを命がけで守ります。ましてや商事の汚点になるようなことが起こらないよう、私が責任を持ちます」と断言した。ライフコーポの21年2月期の連結決算は巣ごもり下の内食需要を取り込み、売上高にあたる営業収益は20年2月期比6%増の7591億円、純利益は同2.3倍の178億円と過去最高を記録した。

 清水氏は名誉会長に退いた。岩崎氏を後継者に定め、三菱商事グループの一員として事業を継続することを選択したのである。

(文=編集部)

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