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世界的塗料メーカー、日本ペイントの経営戦略研究…自動車分野で高めた技術を多角化

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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日本ペイントホールディングスのHPより
日本ペイントホールディングスのHPより

 近年、日本ペイントホールディングスは、世界のトップを目指して海外事業を強化してきた。一方、足許で同社の業績不透明感を高める要因が増えている。国際業務を地域別にみると、中国経済の減速傾向の鮮明化の影響は大きい。また、セグメント(事業)別にみると、自動車と建築用の塗料需要の停滞や減少の懸念が高まりつつある。その結果、現在の株価はやや不安定に推移している。

 当面、日本ペイントに求められることは、事業運営の効率性を高めることだろう。具体的には、コスト削減の徹底と、新製品創出スピードの加速が求められる。ここへきて、世界的なEVシフトや供給制約の深刻化によって、同社を取り巻く事業環境は急速に変化している。事業環境の変化のスピードが追加的に高まる状況下、同社経営陣が国内外の商慣習などの違いにとらわれずグローバルな視点で事業運営体制を強化する展開を期待したい。

高まるアジア事業の先行き不透明感

 最近、日本ペイントは、アジア新興国地域をはじめとする海外事業を強化してきた。しかし、中国などのアジア新興国地域の景気先行き不透明感が高まっている。それは、同社の業績先行き懸念を高める要因の一つだ。2010年代に入り、日本ペイントの事業戦略は国内重視から海外重視に大きく舵を切った。特に、同社は人口の増加を背景に中長期的な塗料需要の増加が期待できるアジア事業の強化に集中し始めた。

 その象徴的な取り組みの一つとして、2014年に日本ペイントはシンガポールの塗料大手ウットラムグループと戦略的提携を結び、ウットラムからアジア8カ国・地域の塗料事業を取得した。その結果、地域別売上高でアジア地域の割合は一時約6割に上昇し、国内事業を上回った。さらに2020年に日本ペイントは形式上、ウットラムの子会社になった上でアジア合弁事業のすべてを完全子会社化した。日本ペイントは世界トップの塗料メーカーへの成長を目指して、まずはアジアトップの塗料メーカーの地位を築いた。人口増加など成長期待が高いアジア新興国地域で事業運営体制を強化する同社の事業戦略には、相応の説得力がある。

 また、日本ペイントがアジア新興国地域の需要を効率的に取り込むためには、自力で市場開拓を目指すよりもウットラムの知見、ネットワークを生かしたほうが良い。そう考えると、2014年以降の日本ペイント経営陣の意思決定の根底には生き残りを目指すためには過去の事業運営の発想にとらわれずに海外に打って出なければならないという強い危機感と覚悟があったといえる。その事業戦略が同社の成長期待を高め、2020年末ごろまで株価は上昇した。

 しかし、現在では日本ペイントのアジア事業に対する逆風が強まりつつある。その一つが、不動産市況の悪化と感染再拡大の影響によって、中国経済の減速が鮮明であることだ。感染再拡大の影響によって東南アジア地域の景況感も不安定だ。それらが同社の業績不透明感を高めている。

自動車・建築用塗料の需要減少の懸念

 セグメント別に同社の事業運営の展開をみると、自動車用塗料の需要停滞懸念が高まりつつある。車載半導体などの不足によって、国内大手自動車メーカーが工場の一時稼働停止を余儀なくされている。日本ペイントの売上高の推移を確認すると、長い期間にわたって自動車用の塗料事業は成長の実現に中核的な役割を発揮した。

 その背景には、同社の技術力と国内の産業構造が密接に関係している。自動車産業は日本経済の大黒柱に位置づけられる。完成車メーカーをトップとする自動車産業のすそ野は広く、工作機械や素材、塗料など日本企業の製造技術に大きな影響を与えた。その産業構造のなかで、日本ペイントは完成車メーカーが必要とする塗料の製造技術やコーティング技術を磨き、鮮明に発色する塗料や防錆技術を発揮して成長を遂げた。

 自動車分野での塗料製造技術などの向上は、建築用やDIYなど非自動車分野での日本ペイントの収益多角化を支えた。その上で同社は自動車用塗料事業で磨いた製造技術とアジア新興国地域に強みを持つウットラムの知見を結合させることによって海外の塗料やコンクリート補修などの需要を、グローバルに取り込もうとしている。

 新型コロナウイルスの感染再拡大によって、東南アジア各国での車載半導体や自動車部品の生産が停滞した影響は大きい。2022年を通して世界的に車載半導体は品薄な状況が続き、世界的に自動車の生産は大手メーカーの計画を下回る可能性がある。それは日本ペイントの自動車用塗料事業の成長に逆風だ。

 それに加えて、ウットラムとの関係強化によって自動車用塗料事業を上回る収益を獲得するまでに成長した建築用などの塗料事業の先行き不透明感も高まっている。特に、中国の不動産市況悪化の影響は大きい。それに加えて、共産党政権が徹底しているゼロ・コロナ対策にもかかわらず中国では感染が再拡大している。当面、中国経済の減速傾向は一段と鮮明になり、日本ペイントの建築用塗料需要も減少する恐れが高まっている。

経営陣に期待する事業運営の効率性向上

 今後の展開として日本ペイントに期待することは、コスト削減と新商品の開発のスピードを高めて、より効率的に事業を運営することだ。そのために経営陣は、商慣習をはじめ日本の常識から脱却しなければならないだろう。地域とセグメントごとの先行き不確定要素に加えて、日本ペイントが感染再拡大を背景とする世界的なサプライチェーンの寸断深刻化に対応するためにもコスト削減を急ぐ重要性は高まっている。

 過去には海外での買収をめぐって見解が食い違うなど、ウットラムとの利害が常に一致しているわけではない。その一方で、過去の買収によって日本ペイントの事業体制は拡大(肥大化)した。事業運営の効率性を高めて総資産利益率などを上昇させるためには、各国の生産能力を見直し最も効率的に最終需要地に製品が届けられる体制の確立は急務といえる。状況によっては、国内外で機能が重複する生産設備の売却が検討される可能性もある。

 それに加えて、日本ペイントには新しい製品創出も期待したい。現在の世界経済の環境変化は、新しい取り組みを増やすチャンスだ。世界的なEVシフトによって自動車の生産はすり合わせ技術に依存した体制からデジタル家電のようなユニット組み立て型に移行する。

 また、経済成長率の減速が鮮明な中国では低価格帯のEVを自分の好みにあわせてカスタマイズする個人が増えていると聞く。そうした需要を取り込むために、日本ペイントは自動車の内装向けフィルム分野に進出した。その真意は、塗装技術と素材技術の新しい結合を目指すことにあると考えられる。自動車塗装で磨いた技術を建築用に応用し、さらには自動車内装などに欠かせない素材創出に結合することは、同社の持続的な成長を支えるだろう。

 今後、米国での利上げなどによって世界の金融環境は大きく変化し、各国の株価が下落するリスクは高まっている。時機を逃さずに海外企業などを買収してシェアを拡大するために、日本ペイント経営陣がコスト削減と新しい需要創出に集中して事業運営の効率性を高め、しなやかに環境変化に対応できる組織を構築することを期待したい。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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