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失敗の研究:ニコン、カメラで培った高い光学技術を成長分野に活かせず…苦境脱出の兆し

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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ニコンのHPより

 世界全体で半導体の不足が深刻だ。その状況下、光学機器などのメーカーとして成長してきたニコンは、デジタルカメラなどを軸とした事業構造を転換し、半導体露光装置などの精密機器メーカーとしての成長基盤の確立を目指すチャンスを迎えつつあると考えられる。1990年代に入って以降の同社の事業運営のヒストリーを確認すると、現在の世界経済の環境変化はニコンが世界的な競争力の発揮を目指す大きなチャンスといっても過言ではない。

 当面、世界経済全体での半導体不足は続くだろう。現在、最先端だけでなく、車載用をはじめ汎用型の製造装置を用いて生産されるICチップなどの不足は深刻だ。その一方で、やや長めの目線で考えると、世界のデジタル化は加速し、IT先端分野の設備投資は増えるだろう。演算処理やパワーマネジメントに加えて、データの保存を行うための半導体の需要はこれまで以上に増える可能性が高い。ニコンがあきらめずに新しい製造技術を実現する展開を期待したい。

売上高の減少局面に陥るニコン

 2013年3月期以降、ニコンの売上高は減少傾向が続いている。その背景には複合的な要因が影響している。まず、スマートフォンの普及によってニコンが強みを発揮してきたデジタルカメラの需要が急速に落ち込んだことは大きい。本来であればニコンはデジタルカメラなど映像関連の事業で獲得した資金を、他の企業には模倣することが難しい、より精密かつ微細な製造技術の実現に再配分すべきだった。その一つが半導体の露光装置(ステッパー、微細な半導体の回路をシリコンウエハなどの基盤に電子ビームや紫外線などを用いて焼き付けるための超精密な機械)だった。

 しかし、それが難しかった。1990年代に入り、日本経済はバブル崩壊の影響によって長期の停滞に陥った。それに加えて、1996年7月まで日米半導体摩擦が続いた。景気低迷による業績悪化や海外の半導体メーカーとの競争激化によって、国内の総合電機メーカーや重電メーカーは半導体事業から撤退した。それによって、一時世界トップレベルの競争力を誇ったニコンの半導体露光装置の需要が減少した。2010年代のはじめにニコンは極端紫外線(EUV)を用いた半導体露光装置の開発から撤退した。

 他方で、オランダのASMLがTSMCなどと業務、および資本面での関係を強化して経営体力をつけ、最先端の製造技術の実現にひたむきに取り組んだ。その結果、今日最先端といわれる回路線幅5ナノメートル(ナノは10億分の1)のチップ生産に用いられるEUV露光装置を製造できるのはASMLだけだ。

 ニコンはカメラなどで培った精緻な光学機器の製造技術を半導体の製造技術と結合させ、成長を目指した時期はあった。しかし、バブル崩壊後の景気の低迷と経営体力の低下によって、そうした強みに磨きをかけることが難しくなったといえる。リーマンショック後は新しい取り組みを増やすよりも、度重なるリストラによってコストを削減し、映像関連事業などから利益を捻出する状況が続いている。同社はデジタルカメラに代わる新しい収益の柱となる事業を育成しなければならない。

長期化が予想される世界的な半導体不足

 ただし、ここにきてニコンの精密機械事業には追い風が吹き始めている。それが、世界全体で半導体の不足が深刻であることだ。それはニコンにとって大きなチャンスだ。メモリ半導体の価格は調整しているものの、タブレットPCなどの演算処理能力の上昇やバッテリー駆動時間の長時間化、自動車の電動化、再生可能エネルギーの利用などを背景にICチップや電力の供給をコントロールするパワー半導体などが不足している。

 半導体以外の部品の不足も重なることによって、国内では自動車や医療機器などさまざまな工業製品の生産が企業の計画通りに進んでいない。半導体が不足しているということは、それを製造する装置の供給が追いついていないことに他ならない。本来であれば新品の(より効率的な半導体製造を可能にする)装置が欲しいが、品薄であるため手に入らない企業は多い。国内外で、やむを得ずに中古の半導体露光装置などをかき集める半導体メーカーは増えているようだ。

 半導体業界の専門家によると、ロジック、パワーマネジメント関連の半導体の不足は簡単には解消しない可能性が高い。その要因は多い。ウクライナ危機などをきっかけに世界全体でエネルギー資源の需給が逼迫しているため、再生可能エネルギーの利用やより効率的な電力供給体制の確立のためにパワーマネジメント関連の装置需要は高まる。分散型のネットワークシステムであるブロック・チェーンを用いた経済活動が増える「ウェブ3.0(スリー)」への期待も高まっている。いずれも半導体の需要を押し上げる。

 その一方で資材価格の高騰や人手不足、中国のゼロコロナ政策による都市封鎖の長期化などによって世界の供給制約は深刻だ。短期間で半導体の供給が増える展開は予想することが難しい。その状況下、2023年にニコンは回路を縦に積み重ねることによってチップの高性能化を可能にする3次元化に対応した露光装置の投入を目指す。同社の経営陣は風向きの変化を捉える準備を進めているといえる。

新しい収益源確立のビッグチャンス

 当面、半導体の露光装置を中心にニコンの精密機械事業への追い風は強まるだろう。そうした環境変化を持続的な成長につなげるために、ニコンは新しい取り組みを増やさなければならない。新しい露光装置の投入が目指されていることは、ニコンの精密かつ微細なモノづくりの力が、容易に模様できるものではないことを示唆する。そうした強み=コア・コンピタンスが維持できているうちに、ニコンは露光技術などの創出にかなりのスピード感と規模感を持って経営資源を再配分すべきだ。

 それとは反対に、事業構造の改革が遅れる場合、中長期的にニコンの収益力は低下する恐れが増す。一つのシナリオとして、同社は中国などの半導体製造装置メーカーから急速に追い上げられるだろう。その展開が現実のものとなれば、同社の競争力は一段と低下し、事業運営体制は縮小均衡に向かう可能性が高い。

 ビッグチャンスというべき事業環境を最大限に活用するためにニコンに期待したい取り組みの一つは、国内外の企業との連携強化だ。バブル崩壊後、同社は社外との連携を強化するよりも、既存のビジネスモデルの温存を優先したように見える。今こそ、その教訓を生かすべきだ。例えば、ASMLなど海外の企業と新しい露光技術の確立に向けた共同研究の体制を整備することは、同社に新しい発想と、環境変化へのしなやかな対応力の向上をもたらす可能性がある。熊本県ではTSMC、ソニーグループ、およびデンソーが合弁で運営する半導体工場の建設が始まった。それはニコンが半導体をより効率的に製造する技術の確立を目指すチャンスになる可能性を秘める。

 半導体製造装置に加えて、医療機器の分野でも同社の精密な製造技術が強みを発揮するだろう。そうしたビジネスチャンスを確実にものにするために、ニコンの経営陣はコストの削減を徹底して、不退転の覚悟を持って最先端のモノづくりの力の向上に取り組むべき時を迎えている。最先端分野での製造技術開発競争の激化が予想される中で、同社があきらめずに新しいモノづくりの力を実現する展開を期待したい。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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