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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

日本の半導体産業、世界シェア・ゼロも現実味…10年単位で技術者育成すべき

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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「gettyimages」より

イーロン・マスク氏の警告、「日本消滅」

 米電気自動車テスラCEOのイーロン・マスク氏による5月7日のツイートが大きな話題になっている。Forbes JAPANに掲載されたその投稿の日本語訳と原文を以下に掲載する

<言わずもがなであることを承知で言おう。出生率が死亡率を超えなければ、日本は結局、生きながらえることはできない(消滅する)。これは世界にとって大きな損失になるだろう。>

“At risk of stating the obvious, unless something changes to cause the birth rate to exceed the death rate, Japan will eventually cease to exist. This would be a great loss for the world. ― Elon Musk (@elonmusk) May 7, 2022”

 日本の人口減少は以前から問題となっていた。総務省統計局のデータを使ってグラフを書いてみると、日本の人口は2008年に約1億2808万人でピークアウトし、その後急速に減少している。昨年2021年には、ピーク時より258万人少ない1億2550万人になった(図1)。

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 そして、5月30日付日本経済新聞に掲載された国立社会保障・人口問題研究所の推測によれば、2004年の出生率と死亡率が続いた場合、日本の人口は2100年に今の約3分の1の4108万人に減少し、2200年には1000万人を切って851万人となり、2300年には176万人となり、2400年に100万人以下の36万人にまで減少し、2500年には7万人となって、3300年には0人になるという(図2)。

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日本半導体産業のシェアの低下を髣髴

 イーロン・マスク氏のこの衝撃的なツイートには賛否両論があるようだ。筆者はここで人口問題を論ずる気はないが、マスク氏の「日本消滅」の警告を読んで、日本半導体産業のシェアの低下が止まらないことを連想してしまった(図3)。

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 1988年に世界シェア50.3%でピークアウトした日本半導体産業は、その後、直線的にシェアが低下し、2019年には10%になってしまった。そして、この傾きが変わらなければ、2030年に日本のシェアはゼロになると経済産業省が予測したわけだ。

 イーロン・マスク氏が指摘した「日本消滅」と、経産省が危機感を持った「日本半導体産業のシェア0%」に関連性はないが、いったんピークアウトして負のスパイラルにはまってしまうと「容易に減少傾向を止めることができない」という共通性があるように思う。

 経産省は日本のシェアの低下を食い止めるために、台湾積体電路製造(TSMC)を熊本に誘致するなどの対策を立てた。しかし、そのようなことでは日本のシェアは向上しないことを拙著記事で詳述した(2022年3月6日付『5千億円投入しTSMC誘致も、日本の半導体シェアは上がらない…経産省の自己矛盾』)。

 では、日本のシェアの低下を食い止め、再び増大に転じさせるためにはどうしたら良いのだろうか? 筆者は、この対策の処方箋に近道はないと思っている。その根拠を、半導体の国際学会の論文動向から示したい。

半導体の3大国際学会

 半導体にはさまざまな学会があるが、次の3つが3大国際学会と呼ばれている。

・ISSCC(International Solid-State Circuits Conference):「半導体のオリンピック」と呼ばれる集積回路の学会。論文採択率は約30%と狭き門。

・IEDM(International Electron Devices Meeting):半導体デバイスの国際学会。論文採択率は30~40%。

・VLSIシンポジウム:集積回路(Circuit)とデバイス(Technology)の2つの学会を同時開催。論文採択率は30~40%。

 半導体では、この3大国際学会が世界最高峰のレベルにある。これら3大国際学会に採択されるには、新しい集積回路やデバイス構造などを考案し、試作して、その特性を示さなくてはならない。いずれの学会も論文採択率は30~40%と狭き門となっている。一定水準のクオリティを満たさなければ、投稿しても採択されないのである。したがって、これらの学会の投稿論文数や採択論文数等を定点観測すると、各国・各地域の半導体の実力を推し測ることができる。

 最近では、ハワイのホテル・ヒルトンビレッジにて2022年6月13日~17日に開催されるVLSIシンポジウムの記者会見が4月22日に行われた。その資料から、日本の実力を分析してみよう。

VLSIシンポジウムの論文動向

 図4に、2022年のVLSIシンポジウムの論文の投稿と採択状況を示す。今年は580件の投稿があり、198件が採択された。したがって、採択率は34%だった。やはり難関であることが分かる。

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 内訳を見ると、回路(Circuits)の投稿が348件で採択が116件(採択率33%)、デバイス(Technology)の投稿が232件で採択が82件(採択率35%)となっている。また、論文投稿の締め切りを過ぎた後に受け付ける“Late News”は5件の投稿があったが、採択された論文はなかった(採択率0%)。

 次に、図5に2006~2022年の地域別の投稿論文数の推移を示す。VLSIシンポジウムは、日米半導体摩擦が激化した1980年代に、日米の半導体の研究者たちが政治の枠を超えて学術では協力することを目指して設立された学会である。そのため、偶数年はハワイ、奇数年は京都で隔年開催している。

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 したがって今年はハワイ開催となるが、2020年のときより5%投稿数が増加した。また、今年はアジア圏からの投稿が多かったという説明がなされた。

投稿論文数と採択論文数の動向

 ここで、図5を折れ線グラフに書き直してみよう(図6)。この図6を見て、筆者は衝撃を受けた。繰り返すが、VLSIシンポジウムは日米が設立し、日米が主導してきた世界最高峰の国際学会である。そのVLSIシンポジウムにおいて、日米の投稿論文数が低下している。

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 それでも、米国はかろうじて1位の座を維持しているが、日本の投稿論文数の減少は目を覆う有様である。2012年までは米国に次ぐ2位だったが、その後、台湾、欧州、韓国、中国に抜かれ、昨年2021年はシンガポールにも抜かれている。今年はかろうじてシンガポールを上回ったが、ここまで低下しているとは思ってもみなかった。

 次に、地域別の採択論文数の推移を図7に示す。2005~2010年頃は、日本は米国とトップ争いをしていた。ところが、2013年以降、急激に採択論文数が減少し、欧州、韓国、台湾に抜かれてしまった。中国およびシンガポールとはまだ差があるが、中国の投稿論文数が急増しており、今後いつ抜かれてもおかしくない状態であるといえる。

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 採択論文数の全体動向としては、米国が1位を維持しており、2位に躍り出た韓国が米国を追い上げる構図となっている。かつて2位だった日本が、欧州を抜いて再び韓国に追いつくのは、非常に困難だと思われる。

地盤沈下が止まらない日本半導体産業

 以上、半導体の3大国際学会の一つであるVLSIシンポジウムにおいて、日本の投稿論文数と採択論文数が激減していることを示した。VLSIシンポジウム以外のISSCCおよびIEDMについては定点観測ができていないので、定量的なグラフを描くことができない。しかし、VLSIシンポジウムと同じような傾向にあってもおかしくないと推測している。もし、この推測が当たっているのなら、日本半導体産業の実力の地盤沈下が止まらない状態にあると思われる。

 マスク氏は、日本人口の減少動向から「日本消滅」の危機を警告した。経産省は日本半導体産業のシェアが1988年でピークアウトし、シェアの低下が続くと2030年にゼロになるという危機感を持った。同じように、VLSIシンポジウムにおいて日本の投稿論文数や採択論文数の低下が続けば、いずれゼロになる危険性があると言える。

 日本半導体産業のシェアの低下と、半導体の国際学会の論文数には、ある程度の相関があると思われる。どちらも半導体の実力の一端を示しているからだ。そして、これらの問題は、TSMCを熊本に誘致しただけでは解決しないだろう。では、どうしたら良いのか。

10年単位の計画で半導体技術者の育成を!

 2022年5月10日に第20代大韓民国大統領に就任した尹錫悦氏は、「半導体超強大国を目指し、50兆ウォン(約5兆2,236億円)規模の基金をつくる」「半導体分野で10万人の人材を育成する」ということを公約に掲げた。そもそも、韓国では最も優秀な人材がサムスンやSKハイニックスに集まるが、その人材を韓国が国を挙げて10年がかりで10万人増やすというのである。

 熊本にTSMCを誘致した日本でも、これを契機に半導体産業の復興を唱える識者が多いが、本当にそれを実行するには教育改革が必要である。何よりも、優秀な学生が半導体産業に行きたいという土壌をつくるところから始めなくてはならない。

 2021年初旬に半導体不足が発覚し、日本の基幹産業である自動車産業の足元が揺らぐ事態となった結果、突然「半導体は戦略物資」「半導体は経済安全保障上重要」「半導体は産業の心臓」などといわれるようになった。しかし、これまで放置してきた半導体の技術力が突然向上するはずがない。もし、日本の半導体産業をなんとかしたいのなら、韓国以上に10年単位で半導体の技術者を養成することを国策として実施するしか手段はない。

一筋の光明

 日本半導体産業に関する暗い話ばかりをしてきたが、一筋の光明がある。図8は、地域別の投稿論文数と採択論文数の状況を示している。日本は投稿論文数32件、採択論文数17件で採択率は53%となっている。

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 図8を基に他国・他地域の投稿論文数、採択論文数、採択率をグラフにしてみた(図9)。確かに日本の投稿論文数と採択論文数は他国・他地域より少ない。しかし、日本の採択率53%は、米国48.5%、シンガポール44%、欧州38.9%、韓国33.9%、台湾26.5%、中国12.1%より高い。

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 日本は国際学会に論文を投稿する土壌がやせ細ってしまった。しかしそれでもなお、クオリティの高い論文を書く技術者が、わずかながら残っている。そのような優秀な技術者が消滅する前に若い技術者を育成することができれば、日本の地盤沈下を止めることができるかもしれない。しかし、残された時間は多くない。政府や経産省には、正しい処方箋の作成と実行を可及的速やかに行っていただきたい。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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