JR九州など3社が販売したマンション「ベルヴィ香椎六番館(福岡市東区)」は、施工不良を理由に築25年で丸ごと建て替えられたことで大きな話題を呼んだ。同時に、不動産業界には激震が走った。住民と管理組合の執念が、施工会社や販売会社の「逃げ得」を許さなかったからである。同物件は1995年に竣工、引き渡しが行われた分譲マンションだが、2年も経たないうちに、外壁のひび割れや玄関扉の枠のゆがみなどが発生した。1997年10月、管理組合として販売側へ問題提起したものの、施工会社と販売会社は構造物の瑕疵を否定した。
管理組合はその後も不具合を訴え続け、マンションの傾斜を問題視したのが2016年だ。建物の傾斜により最大10.1cmの高低差が生じ、部屋の壁と天井には「隙間」があった。夜、明かりを消すと隣から光が漏れてきたという。2020年4月、日本建築検査研究所(東京都渋谷区)の調査により建物を支える基礎杭が支持層に届いていないことが判明し、当初施工不良を認めなかった販売3社は同年7月、社長が謝罪した。販売3社は「杭の補修」「建て替え」「販売価格での買い取り」の3案を管理組合に提示した。管理組合は同年11月の臨時総会で全面建て替えを決め、21年4月から建て替え工事が始まった。そして、ついに今年5月、工事と引き渡しが終わった。
自治体は精緻な地盤調査をしてくれない
そもそも、このような欠陥マンションが建設された原因は何なのか。姫屋不動産コンサルティング代表の姫野秀喜氏はこう話す。
「このベルヴィというマンションは8棟で構成されているので、どうして六番館だけミスしたのか、かなり不思議な気がする。例えば、現場調査する人が、単純に納期が迫っていて適当に計算したとか、机上で計算したとか、そういう人為的ミスだったのか。だから、本当に人災なのだろう。しかし、めったに起きるものではない」
一般消費者はJR九州のような大手企業が販売元だと安心して購入しがちだ。とくに地方では、JRや電力会社のブランドへの信用は高い。この福岡の件は、基礎杭が支持層に届いていないことによる傾きが原因で、さまざまな不具合が表面化したわけだが、大手の物件でも、このレベルの欠陥マンションは、よくあることなのか。
「まず、大手だから安心とはいえないことは確か。不動産は一つひとつ、すべて別ものだ。地盤もそう。地盤に関して今は科学的にかなり正確に調査できる。自治体によっては精緻な地盤調査を行い、住民に地盤についての情報を開示してくれるところもある。ただ、多くの自治体では、あえてそういう地盤調査は行わない。というのも。一つは高額な費用がかかるということ。もう一つは、地盤調査をやって、ある部分だけ地盤が緩いというようなことが何か判明すると、その部分の地価の下落を招く恐れがあるからだろう」(姫野氏)
しかし、この福岡の事例は、紆余曲折はあったにせよ、結果的に大手だから建て替えができたともいえる。
「施工・販売が大手だから、数十年後でも会社が存続していて責任を取れる体力があった。だから、建て替えもできた。そういう意味では、大手のほうが安心というのは、本当にその通りだ。地方の建設・不動産会社は中小も多く、タイミング次第で資金繰りがうまくいかなければ倒産してしまう。30年後に存在していない会社だってあるので、何か瑕疵が見つかったときに、施主は訴える先がないということが起こり得る。振り上げた拳の持って行きどころがなくなる。そういう意味で、JR九州が入っていたのは良かったのではないか」(姫野氏)
瑕疵を認めさせることと管理組合での意見調整
建て替えまでにはいくつか大きなハードルがあった。まずJR九州などの施工・販売会社に瑕疵を認めさせること、そして、管理組合のなかで建て替えの承認を得ることだった。一般的に、分譲マンションは区分所有者の意見調整が難しい。瑕疵を認めさせる決め手となったのは日本建築検査研究所の調査レポートだが、そうしたボーリング調査費用にも数百万円がかかる。大規模改修の積立金から支出することになるが、もし結果が出なかったときは無駄になるかもしれないからだ。
建て替えの決定をする際も、実は傾いた六番館の住民の賛成5分の4だけでなく、他の棟を含めたマンション全体で4分の3の承認も必要だったという。他の棟の住民が「うちには関係ない」と考えたとしても不思議ではない。
3つ目のハードルとして時効の問題もあった。欠陥に対する損害賠償請求には期限がある。不法行為に基づく損害賠償請求権には除斥期間があり、20年と定められている。つまり、20年経つと損賠請求できなくなってしまうのだ。さらに住宅の瑕疵については、瑕疵担保責任を追及することができるが、責任の存続期間は、鉄筋コンクリートの建物では引き渡しから10年だ。販売元が長年にわたって、頑なに瑕疵を認めなかった理由はここにある。引き渡しから一定期間が過ぎれば法的には責任追及されないのだ。
相手の姑息な口車には乗らないこと
もし、分譲マンションを購入して、不運にも欠陥が多い物件だった場合、どのようなアクションを取るべきなのか。姫野氏はこうアドバイスする。
「戸建てもマンションでも、基本的に新築物件には契約不適合責任(瑕疵担保責任)が適用される。施工業者や販売業者に対して、不具合や欠陥を指摘して無料で補修や修理を要求する権利がある。ただ、たいていの場合は引き渡しから2年という期限があるので、2年以内に要求することが一番重要だ」
もし、相手側が瑕疵を認めなくても、期間内であれば、弁護士に相談するというのも手段の一つだ。
「業者は最初に小手先のことをやろうとする。例えば、ドアが歪んでいるとなればドアを交換するとか。しかし、小手先の修理で直らないことがわかれば、2年以内にしっかりと何回もチェックすべき。土台が傾いているとか根本的な原因の可能性もある。戸建ての場合、建物全体が均等に沈むのではなく、キッチンの左端だけちょっと床が傾いているみたいな例が多いので、土台の傾きはパッと見てわかりにくい。そして、瑕疵担保といいながらも、住めないほどではないので、建て替えではなく補修になる」(姫野氏)
この福岡の事例では、販売側はのらりくらりと瑕疵を認めず、さらには「お見舞金」として300万円を渡そうとしてきた。口封じ目的の裏金ということか。しかし、住民たちはこのお金を突き返した。
「昔、友人宅の近隣で工事があったとき、ドシンドシンとすごい振動を日々受けたせいで、その周辺の家の外壁にちょっとひび割れが起きた。地盤を叩いたせいで、全体的に少し地盤が動いたのではないかというような壊れ方だった。友人らは補修費用として、ペンキ代程度のお見舞い金を受け取ってしまった。ケースバイケースだが、相手がお金を払ってきたら注意すべきだ。ごまかそうとしているのではないかと疑ったほうがよい」(姫野氏)
この福岡の事例はマンション購入を検討している人は誰もが知っておくべきである。
(文=横山渉/ジャーナリスト、協力=姫野秀喜/姫屋不動産コンサルティング代表)