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航空経営研究所「航空業界の“眺め”」

米国便、JALとANAの牙城存続の危機か…LCC、長距離国際線参入で大手の脅威に

文=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、桜美林大学客員教授、運輸総合研究所客員研究員
米国便、JALとANAの牙城存続の危機か…LCC、長距離国際線参入で大手の脅威にの画像1「Thinkstock」より

 英国航空の持株会社インターナショナル・エアラインズ・グループは今年3月、グループ内に新たなLCC格安航空会社)であるレベル(LEVEL)を立ち上げ、6月1日には米ロサンゼルスとスペインのバロセロナなどを結ぶ長距離国際路線をスタートさせた。同グループは2013年に欧州第4位のLCC、ブエリング(スペイン)を買収しており、グループ内2つ目のLCCとなる。ブエリングがバロセロナをハブ空港としていることから、LCCで欧州の全域から米国・南米とつなごうとしている。

 航空機としては314席のエアバスA330-200を当面2機運用し、来年には5機体制としてローマやパリにハブ空港を拡大する計画である。マイレージも英国航空と共通で、料金が半額以下となれば人気が出るのが当然で、3月17日以降、すでに13万4,000席を売り上げているという。

 欧州の大手航空が自社グループのLCCで長距離国際線に乗り出すのは、英国航空が初めてではない。独ルフトハンザはグループ内LCCのユーロウィングスで15年11月から長距離国際線就航を開始している。レジャー路線を主なターゲットとし、A330-200(310席)で、ケルンからラスベガス、マイアミ、オーランド、シアトル、プンタ・カーナ(ドミニカ)、バンコク、プーケット、モーリシャス等の路線を運航している。

 さらに、出遅れていた大手の一角、エール・フランスも、中長距離国際線用に新たなLCC・ジュ-ン(Joon)を設立し、この秋から就航開始の予定である。驚くことに、エール・フランスとして発注していた最新鋭の大型機A350-900を19年から投入するという。そうして、21年で28機体制(A320:6機、A321:12機、A350-900:10機)に拡大するという力の入れようである。

 なぜ欧州の大手航空は、米国や日本の大手航空が手を出さない自社LCCでの長距離国際線を運航するのだろうか。あるいは、これはやがては米国や日本の大手航空にも波及する前触れなのであろうか。

ヨーロッパ内でLCCの拡大が止まらない

 現在、国際線で世界一の旅客数を輸送しているのは、アイルランド発のLCC・ライアンエアである。16年の旅客数は1億1,700万人に達し、ついにルフトハンザ・グループ(約1億1,000万人)を抜いてしまった。ライアンエアは24年までに2億人の旅客数を達成するとしている。

 ヨーロッパのLCCではライアンエアを筆頭に、第2位の英イージージェット、第3位のノルウェー・エアシャトル(ノルウェー)も急拡大を続けており、LCCだけでヨーロッパの全旅客数の半分をうかがう勢いである。低運賃のLCCが旅客シェアを拡大した結果、ヨーロッパでは、イールド(単位旅客収入)が下がり続け、大手航空は必死の対応を迫られてきた。

 第1に統合とリストラによって自らのコスト体質を下げ、第2にイールドの高い長距離国際線にシフトし、第3の究極の手段として、自ら子会社のLCCをつくって独立系LCCに対抗した。こうして、従来のLCCに加えて、大手航空の子会社LCCも加わり、ヨーロッパ内でLCCは拡大の一途である。

 ライアンエアの名物CEO(最高経営責任者)であるマイケル・オリアリー氏は、「ヨーロッパ内では、大手航空のビジネスモデルはもう終わりだ」と決めつけている。その一方で、大手航空会社に対し大胆な提案をしている。

「LCCと大手航空とで手を組もうではないか。ヨーロッパ内ではLCCが大きな空港まで旅客をすべて輸送するから、大手航空は大空港から接続便で乗継旅客を長距離国際線に輸送することに専念したらよい」

 放言にも聞こえるが、オリアリー氏としては大まじめな提案であり、LCCと大手航空との間で相互にネット上で一括予約ができ、旅客手荷物もLCC-大手航空間でシームレスに移送するということなのである。

 このように、ヨーロッパ内でLCCから脅威を受ける大手航空にとって、ヨーロッパとアメリカを結ぶ大西洋線に代表される長距離国際線は、残されたドル箱であり、いわば大手航空にとっての最後の砦となっているのである。ところが、その最後の砦であるはずの大陸間長距離国際線にすらも、別の欧州LCCが乗り出してきたのである。

アメリカと欧州間で400万人の旅客を運んだLCC

 日本ではなじみが薄いが、欧州第3位のLCCであるノルウェー・エアシャトルは、13年5月からボーイング787を使用して欧州-米国間の長距離国際線に参入している。米国線は当初のニューヨークJFK便を手始めに、ボストン、ロサンゼルス、フォートローダーデール、オーランド、ラスベガス、オークランド、シアトル/デンバー(今年9月から)など全土に拡大している。

 欧州側でも北欧、ロンドン(ガトウィック空港)、パリ(シャルル・ド・ゴール空港)、バロセロナ、ローマ(今年11月から)など多くの拠点を確保している。現在は787-8(291席、内プレミアム32席)8機と787-9(344席、内プレミアム35席)6機の計14機を運航しているが、搭乗率は90%を超えているという。

 この結果、今年の3月には米国線旅客400万人を達成している。ノルウェー・エアシャトルはアジア路線としては13年からバンコク線を運航しているが、9月からはロンドン-シンガポール線を開設予定であり、いずれ日本にも就航するかもしれない。

 同社はもともと、ノルウェーでターボプロップ機を使って大手航空の下請けを行う小さな地域航空会社であったが、ビジネスモデルをLCCに転換後大成功を収め、今では大手航空同様の長距離国際線まで実施するいわば「成り上がり」であるが、伝説のCEO、ビョルン・ショス氏の指揮の下、同社の拡張主義はとどまるところを知らず、拡大の一途である。

 一部からはギャンブルと揶揄されながらも、地方都市を結ぶ大西洋線に狭胴機(単通路機)である737MAX 8(189席)100機を順次投入する予定があるほか、同じく狭胴機である新鋭機エアバスA321neoロング・レンジ(220席)30機を19年以降導入して、3種類の航空機材でさらに長距離国際線を拡大する計画である。加えて、前述のライアンエアとの協業の話し合いもまとまり、ノルウェー・エアシャトルの長距離国際線とライアンエア欧州線との乗り継ぎが、今年の秋から実施される運びである。

 つまり、両LCCの間でネット上で相互の一括予約ができ、旅客手荷物も両LCC の間でシームレスに移送されることになる。英国航空ならずともノルウェー・エアシャトルの快進撃をみて、大西洋線でも子会社のLCCで対抗しようと考えて当然かもしれない。なお、狭胴機による長距離国際線は、さまざまな可能性を秘めているので、また別稿にてくわしく述べることにしたい。

米国LCCも大西洋線に参入の可能性

 欧州の独立系LCCと大手系LCCが続々と大西洋線に参入し、また新たに参入しようとするなか、米国の大手航空会社も少しずつ脅威を感じ始めている。事実、大西洋線での運賃が下がる傾向がはっきりと現れてきている。

 ユナイテッド航空のスコット・カービー社長は、4月に社員向けビデオのなかで「ノルウェー・エアシャトルやWOWエア(アイスランド)のようなLCCの大西洋線運航に対して、もっとアグレッシブに競争していく必要がある」と訴えている。また、同社は乗継便の利便性を強化してLCCに対抗しようとしている。

 しかし、その一方で、欧州LCCに加え、実は米国のLCCも大西洋線参入を虎視眈々と狙っている。その筆頭が、エアバスA320を運航するジェットブルーである。同社は19年以降、エアバスA321neoロング・レンジを導入し大西洋線に参入する可能性が高いといわれている。そうなると、LCCビジネスモデルの本家で737を運航する米サウスウエスト航空も、ノルウェー・エアシャトルと同じように737MAXで大西洋線に参入するかもしれない。そうなれば、かつては大手航空の楽園であった大西洋線は、もはや聖域ではなくなるのは確実であろう。

 では、こうした動きは日本の航空業界にどのような影響を与えるのであろうか。

 最近はアジア・オセアニア地域でも、LCCの長距離国際線参入が増加しており、エアアジアX、ジェットスター、シンガポール航空の子会社LCCスクートなどが路線を拡大している。たとえば、スクートは6月からボーイング787(329席)を使用してシンガポール=アテネ線をスタートさせた。また、エアアジアXはいわゆる第5の自由(以遠権)を使って、大型のA330(377席)で6月から関西=ハワイ線に乗り出している。新型狭胴機(単通路機)の航続性能大幅向上と相まって、アジア・オセアニア地域でも、LCCによる国際線は活発化し大手航空との競合が激化することは間違いない。

 しかしながら、欧米における大西洋線の状況と決定的に異なるのは、ドル箱である太平洋線の路線距離の長大さである。米国東海岸と欧州を結ぶ大西洋線は、距離が5,000~6,000km、飛行時間で7~8時間であるのに対し、太平洋線はたとえば東京から米国西海岸のロサンゼルスで、距離が8,800㎞、飛行時間で10~12時間と格段に長い。新型狭胴機A321neoロング・レンジをもってしても、太平洋線には届かない。

 つまり、狭胴機を運航する米国のLCCが太平洋線に参入することはできない。広大な太平洋は、大手航空を守ることになる。また、大型広胴機であっても、路線距離が長くなればなるほど、LCCのコスト優位性が失われるため、さらに拠点空港での飛行便枠制限もあり、アジアのLCCが太平洋線、あるいは欧州線に参入することは容易なことではない。

 結論としては、日本においてもLCC中距離国際線の拡大と長距離化は進むものの、主としてハワイ線、シンガポール線、オーストラリア線止まりであり、太平洋線、欧州線へのLCC参入は単発的なものにとどまるであろう。すなわち、ガラパゴスの楽園のように、今後も少なくとも当面は日本を発着する太平洋線、欧州線は、大手航空の牙城であり続けると考えられる。
(文=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、桜美林大学客員教授、運輸総合研究所客員研究員)

橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学教授

橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学教授

日本航空で、エンジン工場、運航技術部課長,米国ナパ運航乗員訓練所次長,JALイ
ンフォテック社部長,JALUX社部長,日航財団研究開発センター主任研究員を歴任。
2008年~24年3月 桜美林大学客員教授。
2012~20年(一財)運輸総合研究所 客員研究員
2015年より航空経営研究所主席研究員
著書「リージョナル・ジェットが日本の航空を変える」で2011年第4回住田航空奨励
賞を受賞。
東京工業大学工学部機械工学科、同大学院生産機械工学科卒

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