現在、世界的に半導体の需要が高まり、供給が追い付かない状況が鮮明だ。それによって、半導体関連の部材を供給する日本企業の存在感が一段と高まっている。その代表例が東洋合成工業株式会社(東洋合成)だ。2020年3月末時点で同社の従業員数は688名、売上高は約240億円と、どちらかといえば中堅企業に分類される。
東洋合成の強みは、微細かつ純度の高い感光材(半導体の製造工程で用いられる化学薬品の原材料)の創出を目指して研究開発と製造技術に磨きをかけ、競合相手が簡単に真似できない製品を生み出してきたことにある。それが世界的な高いシェアを支えている。言い換えれば、高い技術力と高い参入障壁はコインの表と裏の関係だ。それが、シェアの獲得を可能にし、持続的な成長を支える。
それだけではない。東洋合成のような高い技術力を持つ企業の存在は、世界のフォトレジスト(感光性樹脂)市場における国内大手企業の競争力発揮にも影響している。世界の半導体部材分野における日本企業の競争力は、中長期的な日本経済の安定に無視できない影響を与えるだろう。
東洋合成の競争力を支える研究開発と製造技術
東洋合成は、世界の半導体生産に無視できない影響を与える企業だ。なぜなら、同社の手掛ける感光材の品質が極めて高いからだ。現在、世界的に半導体の需給はひっ迫している。近年、世界的に半導体の設計・開発と生産が分離した。その結果、世界のファウンドリー(半導体の受託製造業)大手の台湾TSMCの存在感が高まっているように見える。その状況下、新型コロナウイルスの感染拡大によって世界経済のDX=デジタル・トランスフォーメーションが加速し、パソコンやサーバーなどIT機器向けの半導体需要が高まった。
また、昨年4月以降に中国の新車販売台数が増加に転じ、車載半導体の需要が回復した影響もある。目下、世界のIT大手が自社で設計・開発した半導体を生産するために、ファウンドリー企業の生産ラインを奪い合っているというべき状況だ。
そうしたなかでTSMCは最先端の5ナノ(10億分の1)メートルの回路線幅の半導体生産を開始し、競争をリードしている。5ナノメートルの半導体生産にはEUV(極端紫外線)露光技術が必要だ。それを支える要素の一つが、非常に短い波長の光をとらえるフォトレジストだ。EUV向けフォトレジスト生産に用いられる感光材の分野において、東洋合成は世界の5割のシェアを持つ。その他の半導体生産に必要な部材分野でも東洋合成は高品質かつ多様な原材料を供給し、ニッチな市場で存在感を発揮している。
同社の競争力を支えているのが研究開発と製造技術強化への取り組みだ。創業以来、東洋合成は有機合成、高純度化およびその技術を評価する体制を整備・強化した。それが、半導体関連の需要獲得につながり、微細かつ高純度の感光材分野での競争力発揮を支えた。
それに加えて、東洋合成では研究員自ら市場のニーズ把握に積極的に取り組んでいることも重要だ。ある意味、研究員が研究開発とニーズ調査に携わるのは中堅企業ならではの強みといえる。それは世界経済の環境の変化に機敏に対応する組織力だけでなく、従業員のやる気を高めることにもつながる。自分の成果が社会から評価されれば、やる気はさらに高まる。それも競争力を支える要素だ。
東洋合成と半導体関連部材分野での産業集積
東洋合成が研究開発と製造技術の強化に取り組んだことは、同社の成長だけでなく、半導体の部材分野における日本の産業集積にも大きく影響してきた。
東京応化工業やJSR、信越化学工業などは、東洋合成をはじめとする企業が生産する原材料を用いてフォトレジストなどを生産する。フォトレジスト市場で日本企業が9割のシェアを確保しているのは、企業の技術力が高いからだ。EUV向けフォトレジスト市場では東京応化工業が約46%のシェアを持つ。
そうした競争力を支える要因の一つとして、1980年代前半、日本の半導体産業全体の競争力が高まり、世界の半導体市場でのシェアを獲得したことがある。その後、1980年代後半には日米半導体摩擦が激化した。1990年代の半ば以降は、韓国の半導体企業が台頭し、日本の半導体メーカーの競争力は低下した。それが意味することは、機能が確立された製品は分解され、海外の企業に模倣されることだ。労働コストが相対的に高い日本企業にとって新興国企業との競争に対応することも難しい。
その一方で、微細な原材料や素材の生産に必要な技術の模倣は容易ではない。なぜなら、高純度の原材料や素材の生産には、組織が培ったノウハウが影響する。例えば、生産工程で用いられる機器が発する音の変化によって、想定通りに生産が進んでいるか否かを判断するなど、繊細な感覚が求められる。まさに、原材料の研究開発と生産は、アートとサイエンスの融合だ。複合的な要素に支えられて生み出された、分解できないほどの微細な素材を、他国の企業が同じレベルで生み出すことは難しい。
そう考えると、東洋合成が研究開発を強化して感光材などの品質向上にこだわってきたことは、高機能素材分野における日本企業の競争力を支える重要な要素だ。さらに、大手企業の経営者の中には、韓国や中国の部材メーカーが競争力をつける将来の展開を念頭に置き、さらなる研究開発と製造技術の向上を重視する者もいる。つまり、各企業の新しい取り組みが相互に作用し、日本企業の半導体関連の部材分野での競争力向上を支えている。
重要性高まる微細かつ高品質の部材創出力
現在、台湾のTSMCが受託製造体制を強化したことが支えとなり、米国では半導体の設計・開発に注力する企業が増えている。その結果、半導体産業界における企業の優勝劣敗は一段と鮮明だ。
そのなかで注目したいのが、世界の半導体産業に無視できない影響を与えはじめたように見えるTSMCが、日本企業や研究機関との関係を重視し始めたことだ。2019年に同社は東京大学と先進半導体アライアンスを締結した。TSMCの狙いは、半導体産業の川上の分野で競争力を発揮するわが国の材料、技術、人材や企業のノウハウをよりよく取り込み、ファンドリー分野での競争力を高めることだ。日本でTSMCが工場建設を検討しているとの報道もある。
見方を変えれば、東洋合成をはじめ、日本の半導体関連部材の企業が世界の半導体産業に与える影響は大きい。東洋合成などの企業は研究開発力と製造技術をさらに強化し、競争力の向上を目指せばよい。特に重要なのが、総合的な競争力の発揮だ。それは、5ナノメートルの半導体生産に代表される最先端の分野だけでなく、既存の分野においてもより低コストで、より品質が安定した製品を生み出す体制を整えることだ。
そのために、東洋合成をはじめ各企業は、市場のニーズや技術の方向性などをより機敏にとらえ、迅速に試作品を開発して新しい製品の実用化を目指すべきだ。それが半導体関連をはじめとする高付加価値の部材分野で日本企業がより多くのシェアを手に入れることにつながるだろう。
コロナショックの発生によって、日本がIT後進国であることがはっきりした。日本には米国のグーグルなどに匹敵する大手プラットフォーマー、TSMCのような大手ファンドリー、サムスン電子のような大手半導体メーカーが見当たらない。
しかし、日本にはそうした企業の事業運営に無視できない影響を与える半導体関連の部材メーカーが集積している。東洋合成をはじめ、そうした企業がさらに微細なモノづくりの力を磨き、その擦り合わせを実現することによって、日本経済がDXのもたらすベネフィットをより良く獲得することはできるだろう。そうした観点から東洋合成がどのように競争力を高めていくかに注目したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)