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杉江弘「機長の目」

航空機、コスト削減で揺らぐ安全…パイロットと整備士のミス急増で事故多発の実態

文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長
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航空機、コスト削減で揺らぐ安全…パイロットと整備士のミス急増で事故多発の実態の画像1「Thinkstock」より

 世界的に旺盛な航空需要に対し、パイロットと整備士の不足は深刻さを増し、このままでは安全運航が危うい。

 7月、米ボーイングは2036年までの20年間に120万人ものパイロットや整備士が必要であるとの予測を発表した。その内訳は民間機パイロットが63万7000人、整備士が64万8000人で、このうち我が国にも関係のあるアジア太平洋地域のパイロット需要は世界全体の40%を占めている。

 日本では「2030年問題」もそれに追い打ちをかけている。30年には団塊の世代のパイロットが大量に退役となり、それまでに多くのパイロットを確保する必要がある。国土交通省はパイロット不足に対処するため、航空大学校からの供給拡大、大手航空会社の自社養成の拡大、私立大学での養成拡大、自衛隊からの割愛制度の復活、加えて各種規制緩和を検討し、一部はすでに実施中である。しかし、パイロットの養成には莫大な費用と時間がかかり、日本航空のように経営破綻で訓練所を売却して訓練を凍結してきたつけは大きいものがある。

 私立大学での養成とは東海大学、桜美林大学、崇城大学などの航空学科でのパイロット免許取得者を航空会社が採用することである。しかし、日本で初めて東海大学に航空学科を設立する際に協力したANAホールディングスでは、採用後の技術的成長が期待通りでなかったために、卒業生の採用数を大幅に減らす措置を取った。各大学の航空学科では学生への教育をアメリカやオセアニアの訓練専門会社に委託し、小型機の免許を取得できた者だけを航空会社に紹介するのだが、受け入れる航空会社からの評判はさまざまだ。

訓練簡略化への危惧

航空機、コスト削減で揺らぐ安全…パイロットと整備士のミス急増で事故多発の実態の画像2『乗ってはいけない航空会社』(杉江弘/双葉社)

 パイロットの質という点で私が危惧しているのは、大手航空会社での自社養成で、規制緩和として先頃始められている新しい訓練方式である。それはMPL(マルチクルー・パイロット・ライセンス)と呼ばれる免許制度が基になっている。航空会社で訓練生から副操縦士になるためには、これまで小型機での事業用操縦士の免許を取得することが前提であった。MPLではそれを省略して、航空会社が飛ばしている実用機のシミュレーター訓練から入ることによって、訓練期間を約7カ月前後短縮できる。それは航空会社にとって大きなメリットである。

 しかし、MPLは機長といつも共同で作業するという前提のライセンスであるため、ひとりで飛行機を飛ばす経験がほとんど得られない。加えて訓練過程での合理化で、たとえば失速からの回復操作の訓練も十分に行われない。しかし、世界の航空界を見渡せば近年、機長がトイレなどでコックピットを離れた時に大きなトラブルが発生する事態も少なからず起きており、ハイテク機の失速事故もあとを絶たない。

 現在、MPLを採用している航空会社は中国内のいくつかとルフトハンザドイツ航空くらいにとどまり、アメリカでは従来通りの免許制度で養成を続けていくという。パイロットが足りないからといって、勤務時間の上限拡大やMPLに代表される訓練の簡略化という規制緩和に走るのは、航空の安全に直結するだけに慎重に進めてほしいと願うばかりだ。

整備士の不足

 次に、整備士の不足から発生している問題についても指摘しておきたい。国交省が今年7月に公表した安全上のトラブルの件数は、昨年度990件と過去最大になったが、そのうち機材の不具合によるものは370件、人的ミス(ヒューマンエラー)によるものは331件と2年前の207件から63%と急増し、07年に統計を取り始めて以来の最多を更新した。人的ミスの内訳はパイロットも84件と相変わらず高いが、整備士となると119件とさらに高い数値となって表れている点に注目すべきだ。このなかには整備を外注に回している中国、台湾それにシンガポールなどでの整備ミスも含まれている。

 近年、日本の航空会社は大手も含めオーバーホールなど定期的な重整備は、経費削減を目的として海外に外注するのが一般的になっている。自社で重整備をするとなると大きな格納庫や多くのマンパワーが必要となるので、外注に回したほうが安上がりというわけだ。しかし、外注先での作業をチェックする体制は極めて不十分で、すべてを一任してしまう結果、ときに十分に整備されないまま機体が戻って来ることもある。

 以前私が現役の時に、エンジンを分解整備した後にエンジン内にマニュアルを置き忘れたケースなど整備品質が大きな問題となったが、現在もずさんな整備を心配する整備士もいる。

 今年8月、羽田を離陸したANA機で空調のダクトが破損して与圧不良と判断した機長が客室の酸素マスクを落下させて大騒ぎになった。さらに、9月5日にはやはり羽田で日本航空のニューヨーク行きのボーイング777が左側のエンジンのタービンブレード200枚を破損して火を噴いたが、いずれも重整備か定期点検での作業ミスではないかと考えられる。

 整備の外注は短期的にはコスト削減にはなるが、長期的に考えると整備士の技量の向上にはつながらず、ライン整備などで発生するトラブルへの対処にも影響を与えるので極力少なくしたほうがよいだろう。

 航空会社はパイロット同様に整備士も優秀な人材を集めることが重要である。しかし、整備士の仕事は地味で夜勤も多いので、近年はパイロットや管制官のように人気がないのも事実である。航空会社には待遇改善を行うなど、優秀な人材が集まるような努力が求められているといえよう。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空に入社。DC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年10月の退役までの総飛行時間(全ての機種)は2万1000時間を超える。安全推進部調査役時代には同社の重要な安全運航のポリシーの立案、推進に従事した。現在は航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイスト・クラブ会員。著書多数。近著に『航空運賃の歴史と現況』(戎光祥出版)がある。
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Twitter:@CaptainSugie

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