相撲協会もレスリング協会もムラ社会
今回の事件と、前述の日馬富士による暴行事件が構造的にどのように似ているのか。プレイヤーズ・セオリー(登場人物と役割)によって見てみよう。
今回被害者とされる伊調選手、暴行事件の被害者である貴ノ岩は、個人競技を闘うアスリートという点で共通している。加害者とされたのは、今回は栄氏、前回は日馬富士で、いずれも組織のなかで大きな権力あるいは影響力を持っている人物である。敬意を持って遇され一目置かれているので、被害者よりも防衛的に扱われ、あるいは忖度が働いているような存在と見ることができる。
組織として対応しているのは、前者ではレスリング協会、後者では日本相撲協会で、格闘競技の協会だ。
レスリング協会は前述のとおり「事実はございません」との見解を示し、相撲協会の八角理事長は貴乃花親方に被害届を取り下げるよう圧力を掛けたと貴乃花親方自身が証言している。いずれも組織防衛的に被告発者の権益を守るような言動をして、結果として告発者や被害者の立場を軽視するかたちで対応していた。
被害者とされる当事者の対応も興味深い。伊調選手は前出「週刊文春」の取材に対してパワハラの事実を認めているものの、報道直後に所属会社を通じて「告発状については一切関わっておりません」との声明を出した。貴ノ岩は、事件の翌日わざわざ日馬富士に謝罪し、傷を押して稽古を行ったと報じられている。
狭いムラ社会であるスポーツ界で生きる選手たちは、「その後」のことを考えて、事態を荒立てるのをためらう傾向が強いようだ。
貴乃花親方の見識と矜持
さて、一見無関係のような2つの事案だが、今回のパワハラ疑惑が公けになったタイミングから、私は相関があると見ている。伊調選手が練習場などについて不利な立場に置かれていたことや、栄氏が田南部力コーチにモスクワでの世界選手権の折にホテルのロビーで「伊調のコーチをしないように」と発言したと告発されているが、「レスリング関係者の間では知られた話」というコメントが多数報じられている。これはつまり、「レスリング界の人々はみんな知っているのに、知らないふりをしている」「悪いことが糾されていない」ということだ。
多くの関係者が知っている事実が告発によって公けとなったという構図は、日馬富士による暴行事件と同じではないか。暴行事件は昨年11月から12月にかけて大きく報じられ続けた。被害者側である貴乃花親方への非難もあったが、加害者の日馬富士は引退というペナルティを負い、傷害罪で略式起訴され、鳥取簡裁から略式命令を受けて罰金50万円を納付している。